第23話『二度目の被害者』

「殺人鬼として今後一生を牢獄ろうごくで過ごすのと、今の命と引き換えにもう1人誰かを殺すのだったら、君はどちらを選ぶ?」


 そんなの、選ぶまでもなかった。



 ◇◇◇◇◇



 その日は、朝から雪が降っていた。


「うー……寒い……」


 冬休み前日。終業式。

 二学期最後の日は恙無つつがなく終了した。


 学校からの帰り道。

 終業式が午前中で終わったこともあり、辺りは明るかったが、空は朝と変わらず白い雲に覆われていた。


 水を含んだ雪の上を歩きながら、夏木梨幸は家路を急ぐ。


 雪だから大丈夫だろうと思い、傘を家に置いてきたのは失敗だった。

 朝こそ雪の形を成していたそれは、日が高くなるにつれ溶け始め、今はみぞれに変わっていた。


 明日からは待ちに待った冬休み。その前日に風邪を引いてしまうのは避けたい。


 だからこそ、幸はその道を選んでしまった。

 時間帯が昼で辺りが明るかったのも理由の一つだろう。

 人気ひとけがないため普段は避ける近道。そこに、幸は足を踏み入れてしまった。


 道に入って直ぐのこと。幸は前から作業着姿の男が歩いてくることに気が付いた。

 ズボンのポケットに手を入れて、寒さからか少し背中を曲げて歩く男とすれ違った、その時だった。


「すいません」


 唐突に、男が幸に話しかけた。


「駅に行きたいんですが、道って分かりますか?」


「駅への道、ですか? えっと、まず、この道を――」


 突然話しかけられたことに少し戸惑ったが、親切心から幸は駅への道を伝える。


 ――あれ……この人、どこかで……。


 道を伝える最中、ふと男の顔を見た幸は、僅かな引っかかりを覚える。

 どこかで見たことがあるような、何かを忘れているような、そんな感覚。


 どこかで、会ったことが――


「ありがとうございました。もう大丈夫です」


「あ、いえいえ。お役に立てて良かったです」


 そう言われた男は、少しの間幸の顔を見つめた後、


「ええ、本当に」


 と、一言だけ返した。


 男に背を向け、幸は再び歩き出す。

 その直後、幸の視界に白い何かが降ってきた後、首に強い痛みが襲った。


「え――っ! か……ぁっ……っ」


 唐突に視界を横切り、首に痛みを与えている物の正体。それは、細いビニールひもだった。


 首が痛い。

 息ができない。

 涙がにじんで目が見えない。

 苦しい。苦しい。苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。


 もがき、どうにかして首の紐を外そうとするも、深く食い込んだ細い紐を自力で外すのは不可能だった。


 どうして、今日に限ってこの道を選んでしまったんだろう。

 どうして、今日は友達と寄り道をして帰らなかったんだろう。

 どうして、少しでもこの人を警戒しなかったんだろう。

 どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうして。


 お母さん、お父さん、私――


 ――まだ……死にたくない……。


 しかし、そんな後悔は、何の意味もさない。


 声も上げられないまま、もがく幸の力は弱くなっていく。

 そして5分も経たないうちに、幸はピクリとも動かなくなった。


「ふぅ……」


 ビニール紐を握る手の力を緩め、男は動かなくなった幸の体を地面に寝かす。


「さて、これでいいんすね、神様?」


 男はビニール紐を作業着のポケットに突っ込むと、犯行前と変わらぬ足取りでその場を後にした。

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