第21話『戻ってきた日常と記念日』

 あの地震から暫くの時間が経過した。

 震度がいくつだとか、マグニチュードがいくつだとか、そういったことは一切分からないが、間違いなく大震災と表現するに相応しい地震だったことは間違いない。

 家の倒壊こそ免れたが、破損した物品は数知れず。震災後は見知らぬ人が家を出入りし、各部屋の片付けなどを行なっていた。

 今ではそんな騒がしさも過ぎ去り、俺の身には震災前と変わらぬ生活が戻って来た。


 震災前と変わらぬ、と言っても、変化が一切ないという訳ではない。

 大きな変化から小さな変化まで色々あったが、中でも最も大きな変化は、言葉がある程度分かるようになったことだろう。

 まだまだ分からない単語は多いが、日常的な会話はほとんど理解できるようになった。

 細かい文法などは分からないが、単語を繋げるだけでも意味は伝わるため、大きく不自由はしていない。

 最初、一から全く知らない言語を覚えるなんて不可能なように思えたが、必要に迫られれば案外どうにかなるものである。


 言葉が分かるようになったことで、周囲の環境に関する知識が一気に増えた。

 特に情報量が多かったのは、自分の名前を含めた人物に関する情報だろう。


 まず、俺の名前は「フェリクス」というらしい。ただ、周囲から呼ばれるときは「フェル」だとか「フェリ」だとか短縮されて呼ばれることが多い。


 この世界で意識が芽生えてから最初に抱き抱えてくれた金髪の女性。やはりあの人は母親だったようで、名前は「エンリィ」というらしい。

 年齢は25歳とまさかの生前の俺と同じ年齢。母親という感覚があまりしないのは、俺がまだこの世界に慣れていないからだろう。

 家を空けていることが多く、1日顔を合わせないこともあるが、どこに行っているのかは分からない。


 エンリィの次に自分を抱いてくれた、笑顔が印象的な青髪の女性。地震の際にも俺を守ってくれた彼女は「リネ」と言い、この家で使用人として働いているようだ。年齢は20歳とのことだったが、年齢よりもかなり若く見えるのは明るい性格故か。現在は俺の世話係のような位置にいるらしく、この家で最も時間を共にしているのは彼女だろう。


 地震の際、倒れて来た鏡台を退かしてくれた銀髪の少女。人と違い長く尖った耳を持つ彼女は「ソラ」という名前らしい。

 どこからどう見ても10代の少女にしか見えないのだが、鏡台を片腕で軽々と持ち上げていたあたり、ただの少女ではないのだろう。

 彼女はこの家に住む人の中でも関わりが少なく、あまり会話した事がない。その為、年齢も現状不明だ。


 最後に、初めて俺が目覚めた時、エンリィの横で小さく微笑んでいた男性。耳に掛からない程度の長さの黒髪に赤い瞳のその人は「アテラ」と言い、俺の父親だそうだ。

 基本的に無口で感情を表に出さない為、会話をしたことはほとんど無い。エンリィ経由で聞いた話によると29歳とのことだ。

 エンリィ以上に家を空けていることが多く、地震直後こそ家に戻っていたが、現在は再び家を空けている。家に帰ってくるのは週に一回程度だ。


 今の4人以外にもこの家には様々な人が住んでいる。

 とは言っても兄弟がいる訳ではなく、使用人がほとんどだ。

 この世界の一般的な家庭事情は分からないが、きっとこの家は裕福なのだろう。

 使用人の多さ。震災後の片付けの早さ。身の回りにある調度品などを見ても、それは明らかだった。少なくとも貧乏ではないと断言できる。


 さて、こんな感じで色々なことが分かってきてはいるのだが、未だ文字を読むことはできない。

 そりゃ、まだ単語を喋り始めたばかりなのだから当たり前といえば当たり前なのだが、文字が読めないというのは案外不便なもので。


 何が不便かといえば、単純に暇なのである。


 赤子の娯楽とはなんだろうか。

 赤子として生活した俺が出した結論は、食事である。

 もっとも、食事が娯楽になったのもここ最近のことなのだが。


 赤子である俺に渡されるおもちゃは積み木やよく分からない人形。いや確かに、おもちゃとしては妥当なのかも知れないが、見た目は赤ちゃんでも中身は25のおっさんである。積み木と人形でどう遊べというのか。

 食事もここ最近までは大して味のしない離乳食を食べさせられていたので、はっきり言って苦痛でしかなかった。

 最近は歯がいくらか生えてきたので果物などを食べられるようになったが、まだまだしっかりした料理などは食べられない。赤子とはこんなにも不便だったかと思い知らされる毎日だ。


 そんな訳で、毎日暇をどう潰すか考えて過ごしている訳だが、妙案はなかなか思いつかない。

 一度、あの女神から貰った「空間制御能力」とやらで遊んでやろうと思い実行してみたのだが、積み木をたった数センチ転移させただけで気を失い数日寝込んだので、それ以来能力で遊ぶことは控えている。

 おもちゃで遊んでも面白くない。貰った能力は使い物にならない。文字が読めないので本も読めない。

 八方塞がりになった現状、自力でどうにかできるのは、自分自身が文字を読めるようになることだろう。


 ということで、早速文字を勉強し始めた訳だが、簡単に文字を覚えられるはずもなく、今の所読めるのは数字のみである。

 しかし、数字が読めたところで理解できるのはカレンダー程度しかなく。

 カレンダーによると、今日の日付は4月4日らしい。

 そして、この4月4日という日にちは。


「――1歳の誕生日、おめでとう!」


 俺の誕生日らしかった。

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