第19話『虫の知らせ』
相も変わらず代わり映えしない日常が数日流れ去った、ある日。
それは、唐突に起こった。
変化のないベビーベットの上。天井のシミもそろそろ数え飽きた頃。
虫の知らせ、と言うのだろうか。
予知なんて大げさなものじゃない。予想と言えるほどの根拠もない。
予感。胸騒ぎ。気のせい。思いつき。妄想。
何一つとして確証はないが、昔から何かが起こる時に、ふと「何かが起こりそう」だと感じることがあった。
それが何かはわからない。そう感じたからといって確実に何かが起こる訳でもない。
しかし偶に、
そして予感の後に起きる出来事は、決まって悪いことばかりだった。
ただの一度もそれらの出来事が幸せなものだったことはなく。
ただの一度も
その出来事は確実に未来へ影響を及ぼし。
生物に物理的な損失を与え、場合によっては命すら奪う。
――父の、事故のように。
俺の予感はどうも、起きて欲しくない出来事を引き寄せてしまうらしかった。
故に、虫の知らせと、この予感のことを俺はそう呼んでいた。
そんな予感が、今回も。
しかし、赤ん坊の体ではどうすることもできず。
とは言え、予感の的中率も大して高くはないので今回も何も起きないだろう。
そう、思っていた。
始まりは、ベビーベッドの
その次に、カタカタと室内にある小物が震える音。
直後に、衝撃。
下から突き上げるような振動。
家がガタガタと大きな音を立て、外からは地響きのような音が聞こえてきた。
地震だ。考えるまでもない。
かつて住んでいた日本という国は、地震大国と呼ばれるほど地震が頻繁に発生する国だった。
地震なんて、珍しくもない。
慣れているとまではいかなくとも、心構えはあるつもりだった。
しかし、発生した地震はそんな心構えなど些事であるかのように打ち砕いた。
単純な揺れの大きさは、東日本大震災などの大規模地震と比べれば小さいのだろう。もちろん、微々たる差ではあると思うが。
だが、単純な恐怖は、危機感は、不安感は、これまで体験したどんな地震よりも強かった。
逃げなければ。
意思とは裏腹に、体は動かない。
その事実が、より一層気持ちを焦らせる。
揺れは更に大きくなり、小物類が入った棚が大きな音を立てて崩れ落ちた。
ああ、これ、やばいやつだ。
こんな時に限って、いつもそばにいる筈の青髪の女性は別の場所へ行ってしまっている。
ただ、幸いと言うべきか、周囲に倒れてきそうなものは存在しない――
「……え」
この時だけは、しっかりと喋れていたんじゃないかと思う。
周囲に倒れてきそうなものはない? 何を言っているんだ、俺は。
最初、目が覚めた時、俺はどうやって自分の姿を確認した。
鏡台だ。
机の上に鏡があるだけのような簡易的な鏡台ではなく、複数の引き出しを備えた箪笥のような鏡台。
一見すると備え付けのように見えるそれは、壁に固定されていなかった。
地震の揺れにより、その鏡台は、不安定なリズムに動かされ倒れようとしていた。
どうするべきだ。何ができる。
ベビーベッドには転落防止用の柵が付いている。
もし倒れてきたとして、この柵は耐えられるか?
無理だ。そんなこと。
考えるまでもない。誰にだって解る。それこそ、赤子にだって。
このままじゃ、確実に、死――
――その時、だった。
地震の音とは違う、衝撃音。
それは、おそらくは地震で歪んでしまっていた扉が、勢い良く開く音だった。
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