第18話『赤子としての生活』
転生してから大体、一週間ほど経っただろうか。
疑問形なのは基本的に一日中寝ては起きてを繰り返し、日付の感覚などあったものじゃないからだ。
1日の生活サイクルは「食事」をして「寝る」だけ。本当に、これだけ。
体をほとんど動かすことができないので、何も、することがない。
無理矢理にすることを挙げるとするならば、寝返りと呼吸ぐらいだろうか。
こう聞くと物凄く暇をしているように聞こえるかもしれないが、その通り、本当に暇で暇で仕方がない。
親や使用人らしき人たちは結構な頻度で話しかけてはくれるが、言葉が理解できないので何も感じることがないし、体も満足に動かせないので景色の変化もほとんどない。抱き抱えられて家の中を移動することはあるが、それも自分の意思でどうにかできることではないので、娯楽というには程遠い。
食事は哺乳瓶に入った謎の白い液体をある程度決まった時間に貰うだけ。微かな甘みと生臭さがあるあの味は、お世辞にも美味しいとは言えない。母乳ではなく代用乳である理由は分からないが、正直なところ、代用乳で助かった、というのが純粋な気持ちだ。
何せ、体は赤ん坊でも中身は25歳男性だ。こんな体なので性欲などは一切ないが、それを抜きにしても見知らぬ女性――例え相手が母親であったとしても――から授乳されるというのは、こう、色々と気まずいものがある。
しかしまあ、人間というものは案外適応力が高いもので、今までとは掛け離れたこの生活にも、一週間でかなり慣れてきた。
言語や文化など不安な部分は少なからずあるが、住めば都という言葉もある。なるようにしかならないだろう。
「――――」
ぼけっと何の益にもならないようなことを考えていると――もはやこれも日常なのだが――部屋に誰かが入って来た。
青い髪に青い瞳の女性。
この家の使用人らしく、俺の身の回りの世話は基本的にこの人がしてくれている。
「――――――」
笑顔で何かを話し掛けてくれるが、理解ができない。
こうなってから初めて気づいたことだが、言葉が分からず会話ができないというのは、思ったよりも精神的に来るものがある。
日本では、休日だと誰とも喋らない何てこと珍しくもなかったが、「喋らない」ことと「喋れない」ことには大きな差がある。
したくてもできない会話。正確に伝えられない意思。相手の気持ちを汲み取れない罪悪感。
これは、精神衛生的にも早めに言葉を理解できるようになった方が良さそうだ。
◇◇◇◇◇
人間、生きるためには必ずしなければならないことがある。
原始的なもので言えば、食事や睡眠。社会的なもので言えば、労働や社会奉仕などだ。
それらは基本的に、大人であれば自分の意思で行うことができるだろう。
しかし、赤ん坊の体ではそうはいかない。
睡眠は自己完結しているので問題ないが、食事は自分自身で用意することができない。なので当然、食事に関しては他人に頼るしかないのだが、それはまだ、それはまだ良いのだ。
幸いにして、俺が生まれたこの家は特別貧しい訳ではなく、育児放棄をされている訳でもないので、今のところ食事には困っていない。
では、何が問題なのかと言えば――
食事の後、自分の意思でトイレに行けないことが問題なのだ。
いや、分かっている。自分でも理解はしている。
赤ん坊は何を穿かされる?
そう。オムツだ。
当たり前だ。赤ちゃんは自分の意思でトイレには行けないのだから。
普通ならば。
しかしあいにくと、俺は普通ではなかった。
我慢できる理性。選択をする理性。そして、羞恥を感じるだけの理性があった。
まあ、その、なんだ。
端的に言えば、俺は今。
青髪の女性に、オムツを取り替えられている真っ最中なのである。
これだけは、一週間経った今でも慣れなかった。というか、慣れてはいけない気がする。いろいろな意味で。
「――――――!」
相変わらず満面の笑みを浮かべている青髪の女性は俺のオムツを取り換えると、俺を抱き抱える。
こうして、俺の日常は無為に消費されていくのだった。
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