第10話『私は、私のするべきことを』

 目の前から彼が消え、辺りは静まり返る。

 月並みな言い方になってしまうけれど、本当に、良い人だった。

 そして同時に、恐ろしくもある。

 あれだけの経験をしていながら、なぜ他者に優しくできるのか。

 なぜ人のために自分を犠牲にできるのか。

 それとも、過去にあんな経験をしているからこその自己犠牲なのか。


「――彼は優しかった。それで良いのですよ」


 彼はきっと、同情なんて、望んではない筈だから。


 私に彼の運命は分からないし、変えることもできないけれど。


 譲渡した私の力が、彼の道を切り開く術になることを願って。


「さ、ゆっくりしている暇はないのですよ」


 私にはまだ、やることがある。

 人に干渉してしまったせいで、私を守る誓約は消えてしまった。

 彼が命をかけて作ってくれたチャンス。無駄にする訳にはいかない。


 託された願いは「彼女を生き返らせること」

 既に確定してしまった事象の改変は得意ではないけれど、やるしかない。


 単純に彼女を生き返らせては、ことになってしまう。

 事故は報道機関による報道で日本国民のほとんどが知っている。それだけの人々の記憶改竄をする力は、時間は、私に残されていない。

 であれば、そもそも彼女が死ななかったことにするしかない。


 彼女は、事故に遭わなかった。


 事象改変は専門外だけど、過去への干渉は私の領分だ。


 必ず、成功させる。



 ◇◇◇◇◇



「これで完了……なのですよ」


 これで彼女は

 


「……これで、良かったですか? 創さん」


 他人の命と引き換えに異世界へ行った彼は、どうしているだろう。

 転生を司ると言いながらも、私には転生後の動向を知る術がない。

 私の管轄はこの世界までだから。そこから先は、分からない。

 きっと今頃は、慣れない赤子の体に戸惑っている筈だ。


 両親はどんな人だろう。兄弟はいるだろうか。家は裕福だろうか。


 今度こそ、幸せになってほしい。


 私には願うことしかできないけれど、願うことならできるから。


「――随分面白そうなことになってるじゃないか」


「……っ」


 やはり、来た。


 でも、少し遅いのですよ。


 私はもう、すべきことは済ませたのだから。


「何の用なのですよ――リミティブ」


「分かりきったことを訊くなんて非効率だよ。だけど、嫌いじゃない。無駄は心の余裕の表れだからね」


 赤い外套を身に纏い、優しげな笑顔を浮かべて近づいてくる。

 彼こそが、全ての元凶。

 ただの道楽で、わざわざ他人の世界にまで出張って来た、狂った全能神。


「では、改めて言わせてもらおうか。――君を殺しに来たよ、レイン」

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