第5話『ただ眺めるだけは、辛いから』
一体、何度目だろう。
この光景を、ただ眺めるだけなのは。
瞳に映るのは、道路を走る一台のトラック。そして、1人の少女。
トラックと少女は打ち合わせでもしているかのように、周囲から見れば不自然なほど自然に、衝突した。
次の被害者は、彼だ。次の被害者は、彼女だ。
私には、その光景をただ黙って眺めることしかできない。
突如現れた彼は、ただの道楽でこの世界をめちゃくちゃにしようとしているのに。
それでも、私には、私たちには、何もできない。
そう、定めてしまったから。
彼らを信じて、託してしまったから。
守るべきものを守ることが、できなくなってしまった。
契約違反はすなわち、死を意味しているのと同義なのだから。
――でも、それでも。たとえ、そうだとしても。
「もう、もう……耐えられないのですよ……」
その行動が、私の死に繋がろうとも。
◇◇◇◇◇
意識を失った直後、不意に体を襲う浮遊感。背もたれにしていた壁が消え失せ、思わず後ろにひっくり返る。
衝撃音が脳内に響く。
「痛っ……つぅ……」
あまりに当然のことで体が受け身を取れず、後頭部を強打する。
後頭部を抑えて床にうずくまっていると、聞いたことのない女性の声が聞こえてきた。
「えっと、えっと、大丈夫ですか?」
「え……?」
痛みによって浮かんできた涙を指で拭い、声のした方へ目を向ける。
「あのあの、大丈夫ですか?」
物凄い美人が、そこにはいた。
きめ細かで雪のように白い肌。腰あたりまで伸びる黄金色の髪。透き通るような水色の瞳。どこか蠱惑的な色香を漂わせているにもかかわらず、少女のような可憐さも感じられる。
美人モデルだとか、大人気女優だとか、そんな人たちとは比較にならない、比べようと思うことすら
その女性は、一目見て本気でそう思わせるほどの容姿をしていた。
「えとえと、本当に大丈夫ですか……?」
こちらが何も答えずにいると、その女性は徐々に距離を詰めてくる。いつのまにか、距離は触れ合えるほどに近くなっていた。
「大丈夫、ですか?」
「……大丈夫です」
このまま放っておくとキスでもしかねない勢いだったので、未だ若干痛みの残る後頭部から手を離し起き上がる。
「これは……」
そして気がついた。
女性に気を取られ気づかなかったが、空間も中々に異様な光景へ変化していた。
さっきまでいた留置場の部屋の面影などかけらもなく、目の前に広がるのは、ただひたすらに白い空間。
光の明暗に差がないため、際限なく広がっているようにも、押し潰さんと迫ってくるようにも見える。
「夢……?」
それとも、本当に頭が可笑しくなってしまったのか。
「いえいえ、夢ではないのですよ」
静かに微笑む彼女に思わず見惚れてしまう。
これが天使というものなのだろうか。それとも女神か。はたまた妖精か。
なんにしても、俺の貧弱な語彙では美しい以外の感想が出てこない。
――って、いやいや、そうではなくて。
「……あなたは、誰、なんですか」
「はいはい、当然の疑問なのですよ。……そうですね、一番近い言い方をするなら――」
顎に手を当てて少しうなった後、彼女は口を開いた。
「――神様、というのが一番近い呼び方だと思うのですよ」
本当に、神様だった。
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