第4話『事故当時、不可解な状況』

 警察と救急車が来てからというもの、周囲は途端に騒がしくなった。

 救急車から降りて来た救急隊員たちは、流石プロといった手際の良さで少女を車内に運び込むと、すぐさま病院へ走り去っていく。

 一応俺も怪我はないかと訊かれたのだが、幸か不幸か小さな打撲さえ存在せず、体に異常は一切ない。


 少女は、亡くなっているというのに。


 警察は、少女が救急車に運び込まれた頃に到着した。


「埼玉県警の畑山です」


「同じく埼玉県警の橋本です」


 警察手帳を見せながら2人の男が名乗る。

 ドラマで見るのと同じなんだな、なんて場違いなことを考えている俺を置いて、畑山と名乗った警察官は話を進める。


「何か身分証とか持ってます?」


「え? ……ああ、はい」


 思いの外フランクに話しかけてくる警官に面食らいつつも、俺はズボンのポケットに入っている財布から免許証を取り出し、警官に見せる。


「内田創、25歳。お仕事は何を?」


「運送業です。トラックの運転手を」


「なるほどね。ま、詳しい話は署で聞くとして」


 そう言って畑山が橋本に目配せをすると、橋本は俺の手首に手錠をかけた。


「7時12分。過失運転致死傷罪の容疑で準現行犯逮捕ね」


 こうして俺は、事故加害者から容疑者となった。



 ◇◇◇◇◇



 逮捕されてから、どれだけの時間が経っただろう。

 俺は今、留置場という場所で身柄を拘束されている。


 逮捕後、警察による取り調べを受けた後、俺の身柄は検察官に引き渡され、そこでも取り調べを受けた。

『HERO』というドラマを見たことがあるだろうか。雰囲気はだいぶ違うが、大体あんな感じだ。

 検察官による取り調べの後、裁判所に勾留請求が行われ、勾留が決定。

 晴れて俺の留置場生活が始まったという訳だ。


 留置場、なんて言い方をしているが、実際は刑務所の牢と大した違いはないんじゃないかと思う。

 牢内にあるのは申し訳程度のプライバシー配慮がなされたトイレと布団が一つ。そして備え付けられたいくつかの本。それだけだ。

 留置場も刑務所のように大まかなタイムスケジュールが決められており、取り調べ以外の時間は基本的に部屋の中で過ごすことになる。

 基本的には他の被疑者との相部屋らしいのだが、この部屋には他の被疑者は今のところいない。


 朝食を食べ終え、朝の運動の時間も終わり、特にすることがない俺は部屋の隅でぼーっと過ごしていた。

 おそらくは今日も取り調べを受けることになるのだろう。

 毎日のように同じことを質問され、同じように答える日々。いい加減頭がおかしくなりそうだった。


 ここまで取り調べが長引いているのは、きっと俺の証言が曖昧であることも理由の一つなのだろう。


 ――事故当時の状況を教えてください。


 点滅信号がある十字路でした。黄色の点滅信号でしたが、他の車両はもちろん、歩行者がいないことも確認してからトラックを発進させました。


 ――被害者の存在には気づきませんでしたか。


 はい。辺りが暗かったので見落としがないとは言い切れませんが、いつも以上に歩行者の存在には注意していました。


 ――では、被害者の存在に気づいたのは、事故直前ということですか。


 はい。


 こんな質問を、永遠と繰り返すだけだ。


 警察としても不可解なのかもしれない。

 事故当時は確かに暗かったが、それでもあの十字路は見晴らしがいい。

 仮に運転手である俺が歩行者に気づかなかったとしても、歩行者が車両に気づかないはずがないのだ。


 俺だって同じ気持ちだ。

 どうして、俺は直前まで少女の存在に気づかなかったのか。

 どうして、少女は直前まで車両の存在に気づかなかったのか。


 あるいは、少女は気づいていたのか。


 今となっては、確認のしようがない。


 事故当時の状況。被害者の少女。気づかなかった人影。確認できない少女の意思。


 考えれば考えるほど浮かんでくる不可解な事象。


 事故後の状況も詳しく思い出そうとしていたところで、不意に俺の意識は、唐突に深い闇の底へと、沈んでいった。

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