第3話『消えた罪悪感』

 救急車の要請。警察への通報。会社への連絡。

 一通りのすべきことを済ませた後、俺はその場に立ち尽くしていた。

 この先自分がどうなるのか、仕事は、お金は、刑罰は。

 気になることは山ほどあるが、現状自分にできることは、何もない。

 救急車が来て、警察が来て、俺が必要になるのはそこからだ。


 掛かりっぱなしのエンジン音が喧しい。

 ガソリンも勿体無いし、エンジンを切っておこうか。

 そんなことを考えていた時だった。


「……ん……ぅ」


 足元から、微かなうめき声が聞こえてくる。

 言わずもがな、轢いてしまった少女から発せられるものだった。

 すぐさま駆け寄り、軽く肩を叩く。


「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」


「……わ、たし……な、に……」


「もう少しで救急車が来る、だから死ぬな!」


「……は、い……しに、ま……」


「……おい、しっかりしろ! 死ぬな! 頼む死なないでくれ……っ」


 トラックと衝突した影響か、不自然な方向に曲がってしまった少女の手を両手で握り、ひたすらに祈る。


 ――しかし、その祈りが通じることはなく、彼女の呼吸は止まり、二度と口を開くことはなかった。


「く、そ……」


 人を、殺してしまった。

 その事実を、まざまざと突きつけられる。

 取り返しのつかないことをしてしまったという恐怖心が、今更ながらに心を満たしていった。


 もう一度、少女の腕を握る。

 聞こえていないことは分かっていた。ただの自己満足であることも承知の上だ。

 それでも、謝らずにはいられなかった。


 目を瞑り、開いた俺の口から飛び出した言葉は――


「……よかった」


 安堵の言葉だった。


 口にしてから、自分自身に問いかける。

 今の言葉は、今の「よかった」という言葉は、何に対してのものだ……?


 意味が分からない。理解ができない。

 だというのに、俺の心の中には恐怖心しかなかった。

 この先自分はどうなるのだろう、そんな不安しかなかった。

 それ以外の感情は存在しなかった。


 殺してしまった少女に対する罪悪感など、これっぽっちも、なかったのだ。


 何も分からない。

 自分の言葉の意味も。今の心理状態も。何も、分からない。


 自分ができた人間じゃないことは俺が一番よく知っている。

 でも、それでも――


 ――殺人に対する罪悪感を全く覚えないような畜生では、決してない。


 なのに、それなのに。


 どうして、人を殺してしまったことへの罪悪感も、亡くなった人に対しての憐れみも、人の死を悼む悲しみも、湧いてこないのだろう。


 人の死に触れたことは、初めてじゃない。

 父も、母も、もうこの世にはいないのだから。


 でもその時は、その時はきちんと、悲しめたはずだ。涙を流せたはずだ。


 それなのに……どうして……。


 少女の手を握ったまま、自分自身への恐怖で吐き気を感じ始めた頃、遠くの方でサイレンの鳴り響く音が、聞こえてきた。

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