第2話『加害者として、するべきことを』
決して遅い時間ではなかったが、季節が冬ということもあり、辺りはすっかり暗くなっていた。
田舎の道だからか街灯は少なく、運転に支障が出るほどの暗さではないものの、街の中心部と比べればこの道は遥かに暗い。
もはや目を瞑っていても問題ないのではないかと思うほど慣れたトラックの運転だが、今日も俺は細心の注意を払って運転をしていた。
幼少期から何かと不幸な目にあうことが多かった俺は、事故だけは起こすまいと、運転免許を取ったその日から常に注意を払ってきたのだ。
最近は特に高齢者ドライバーが起こした大規模な事故がニュースで報道されていることもあり、周囲の状況は普段以上に気にかけていたつもりだ。
――気にかけていた、つもりだ。
十字路だった。
田舎で車の通行量が少ないからか、信号は黄色の点滅信号になっていた。
今まですれ違う車をほとんど見なかったから。歩く通行人を見かけなかったから。全く気が緩んでいなかったかと問われれば、自信を持って「はい」とは言えない。
それでも、他の車の通行はもちろん、歩行者の存在には十分気をつけていた。
他の車両、そして歩行者がいないことを確認してから、トラックを発進させた。
しかし、次の瞬間俺の視界に映っていたのは、咄嗟に体を庇おうとしたのか両手をこちらに突き出して目を瞑る、何者かの姿。
ブレーキを踏まなければ。そう判断できたのは、鈍い打撃音と僅かばかりの衝撃が自分の体を襲ってからだった。
「…………」
何も考えられなかった。きっとこれを、頭が真っ白になると言うのだろう。
動けなかった。何をすればいいのか分からなかった。教習所であれほど勉強した事故後の対応など、この瞬間は頭の片隅にすら残っていなかった。
それほど長い時間は経過していなかった筈だ。あるいは、自分の行動が遅かったことを認めたくないだけか。
気を取り直した俺は、サイドブレーキをかけた後、トラックを降りて正面に回った。
倒れていたのは女の子だった。制服を着ていること、そして身長などから考えるに、中学生か高校生。
パッと見ただけでも分かる整った顔立ち。夜空よりもさらに濃い黒色をした髪の毛は、頭部から流れる血によって赤黒く染められていた。
思わず、近づくことを躊躇った。これが自分の起こしたことだと、認めたくなかった。
――ここから逃げてしまおうか。
そんな考えが全く浮かばなかったと言えば嘘になる。
でも、逃げなかった。
俺が良識ある人間だったからではない。自分がそこまでできた人間だとは思っちゃいない。
ただ、逃げればより罪が重くなるから。そんな身勝手な、どこまでも自己中心的な考え方から来る行動だ。
事故後の興奮によるものか、だんだんと麻痺してきた恐怖心を理性の底へ押し込むと、自分でも恐ろしくなるくらい冷静に、俺は淡々とするべき行動を開始した。
『119番、消防署です。火事ですか、救急ですか』
「……救急です――――人を、轢きました」
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