トラック運転手、異世界へ。

塩砂糖

第1話『トラックに轢かれて異世界転生』

「異世界転生」

 最近のライトノベルでは、異世界転生なるジャンルが流行っているらしい。


 ああ、申し遅れた。俺は「内田創うちだそう」という。

 年齢は25歳。職業はトラックの運転手だ。

 これまでに彼女ができたことなどなく、頑なに童貞を守り続けてきた、まぁどこにでもいるような男だ。


 最近は仕事が忙しく、趣味に割く時間がないために離れてしまったが、学生時代はアニメとゲームとラノベと漫画を心の底から愛するオタクでもあった。


 まぁ、それはさておき。


 最近のライトノベルの流行りは、「異世界転生」というものらしい。

 なんでも、日本で生まれ育った主人公が、何らかの原因によって異世界に飛ばされてしまい、異世界での生活を余儀なくされるもの……なんだとか。


 俺がバリバリのオタクをやっていた頃、ライトノベルといえば、地球が舞台のローファンタジーが多かったが、最近では異世界が舞台のハイファンタジーが人気なんだそうだ。


 個人的には、周囲の状況が一変する異世界物よりも、これまで続いてきた日常に非日常が介入してくる現代物の方が、どちらかというとワクワクするのだが、あまり深く突っ込むと様々な方面で論争が勃発しそうなのでやめておこう。


 何にせよ、今の流行りは異世界転生だということだ。


 そんな転生物の主人公たちは、これまた様々な方法で異世界に転生するらしい。

 これは友人から聞いた話なので詳しいことは知らないが、なんでも――


『ゲームをプレイしていたら、ゲームによく似た異世界に転移していた』だとか、


『友人を通り魔から庇って死亡した結果、スライムとして転生した』だとか、


『神様の手違いで殺された結果、スマートフォンと共に転生した』だとか、


 それはそれは色々な理由で、色々な方法で、色々な特典をもらって、物語の主人公たちは異世界に飛ばされるらしい。

 厳密にいえば異世界転生と異世界転移は別のジャンルらしいのだが、今は気にしないことにする。


 さて、そんな複数ある転生方法の中でも、とりわけ多く、今では異世界転生のテンプレとも呼ばれている転生方法があるらしい。


 それが――『トラックに轢かれて転生する』というものだ。


 なぜだか知らないが、異世界転生物の主人公たちはやたらとトラックに轢かれる。


 特に意味もなく轢かれたり、会社帰りにぼーっとしていたら轢かれたり、トラックだと思ったら実際にはトラクターで、轢かれたと勘違いしてショックで死んだり――

 中にはトラックを素手で受け止めようとする超人高校生もいるらしいが、まぁ、それは置いておくとして。


 とにかく、最近のラノベ主人公はトラックに轢かれるのだ。


 乗用車でも、タクシーでも、バスでも、ゴミ収集車でもなく、なぜだかトラックに轢かれてしまう。

 トラック運転手として、一番初めに主人公をトラックに轢かせたラノベ作家を小一時間ほど問い詰めたい気分だが、きっと、トラックであることに特別な理由はないのだろう。


 何となく最初に思いついたのがトラックだったとか、嫌いな知り合いがトラック運転手をしているからその人の不幸を願って轢かせてみたとか、その辺りは作者に聞かないことには分からない。


 ただまぁ、同じトラック運転手としてあまりいい気持ちはしない。


 読者の方は考えたことがあるだろうか? 異世界に転生した主人公に気を取られ忘れてはいないだろうか?


 主人公を轢いてしまった、トラック運転手のその後を。


 法律が関わってくるので詳しいことは分からないが、裁判やら慰謝料やら刑罰やらで、トラック運転手のその後だけでも、本が一冊書けるぐらい様々なことが起こっている筈なのだ。


 ラノベ主人公が異世界転生特典を使って美少女とイチャコラしている間にも、トラック運転手は自らの罪を償っているのだ。


 まぁ、こんなことを長々と話させてもらったが、別に俺は異世界転生物が嫌いという訳ではない。面白い作品があるのは知っているし、実際に友人から借りて読んだこともある。率直に言って面白かった。


 所詮はライトノベル。所詮は娯楽。所詮はフィクション。そんなことは分かっている。


 ではなぜ、俺が今そんなことを話しているのか。それは――


 ――今、俺の目の前には、俺自身が運転するトラックに撥ねられ、頭から血を流して倒れている少女が、いるからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る