第12話 心霊写真
※
櫛のつげが随分良い色になって来て、そのあめ色に和む俺はまた橋姫の所に来ていた。小学校卒業したら来るのを止めようと思い、橋姫にも告げてあったが、二年なんて遠い未来の話みたいだった。背が伸びてせめてサラぐらいにはなりたいと思うんだが、うちのかーちゃん方はあまり背の高い家系でもないのであまり期待するのはやめよう。成長期成長期。俺まだ声変わりも来てないし。うん、先はある。
櫛は普通の人間が使うより速い速度で色を増している。最後の日には橋姫にあげる約束をしていた。それまでにどんな色になってるかな、と、俺はおだんごを結い上げる。くふくふご機嫌なのは、先日じーちゃんが来た所為でもあるらしい。
『昔のように、橋姫ちゃん、と呼ばれてなあ。童も、童の童も、童の童の童までこの橋姫を思ってくれたのが、嬉しくてなあ』
「じーちゃんまじで橋姫ちゃんって言ったのか……。なんつーか、魔性だね、橋姫は」
『あやかしじゃからのう。ふふふ、ありがとう』
飾り櫛も刺してやると、江戸時代の町娘みたいになった。いや時代劇でしか知らないけど。我が家にはアニメやゲームと言ったものはなく、娯楽はオカルト雑誌と決まっていた。しかもどれが本物でどれが偽物か当てる、これもまた修行に近いもの。ちなみにムーは娯楽雑誌とカウントされていた。解せぬ。UFOとか超古代文明とかはどうでも良いらしく、ひたすら心霊写真を鑑定していくのも面倒だった。ムーの面白さはそこじゃないと何度抗議したことか。アンノウンなフライング・オブジェクトとかイースター島のモアイ像の謎とか、色々あるんだよ。それを解ってないのは大人だからだろうか。夢のない大人だ、あーやだやだ。俺もいつか子供に心霊写真ばかり見せる親になるのかと思うと、うんざりした。すまん未来の我が子よ。俺はこういう育て方されてるからそれ以外の育て方を知らんのだ。許せ。誰の子になるかは知らんが、許せ。
そーいやクラスではこう言うのの鑑定頼まれたことがないな、と思い出す。白黒ついてしまうのが怖いんだろう。同時に面白くないんだろう。俺みたいに『ホンモノ』が解っちまう奴は、いわば面白くない奴なのだ。未来の子供よ、さらにすまん。俺がふがいないばかりにお前も学校で詰まらん奴認定されるだろう。蛇の幽霊が! ただのストラップです。ラップ音が! ただの雨です。本当俺はつまらない奴である。齢十にしてそれを悟っているのが、ますます可愛らしくない。
そう言う訳で、学校からの遠足の写真の鑑定依頼である。
先生に写真の束を渡されて、良くないものがが写っていた場合はそれをはじくのだ。いまだにフィルムカメラを使っているのはこういう事情もある。つーか。
「院様の後光がちらちらしてて心霊写真じゃないけど傍から見たらそれとしか見えない……」
「あはは、ほんとだ。とりあえずフラッシュと言い張れるのはカウントして行って良いんじゃない?」
「す、すみません……今まではこういう事もなかったんですけれど」
「にゃっはー、こっちで気を許せる相手が出て来て院様も油断してきちゃったかなー?」
『それはあるやもしれぬなあ。何せこうして人と話すのも何百年振りかじゃ。すこうしばかり弾けてしまっても構わんだろう』
「痕跡は無くして遊べよー……っとまあ、これも良いか」
写真は仕分けて五分の一程度がアウトとなった。心霊ではなく院だって言うのがまた笑える。その五分の一をサラに渡すと、サラはなんだか嬉しそうな顔をした。どうしたのか聞いてみると、だって、とくすくすおかしそうに笑う。
「今までずっと後ろにいた方と、こんな風に出会えるなんて思ってもみませんでしたから。つい嬉しくなってしまって」
まあ基本後ろだもんなあ。背後霊でもなしに。くふふっと院も笑うもので、後光も強くなる。俺はメガネを遮光モードにしてかしゃかしゃ言わせた。すると炉吏子が、にゃににゃに、と訊いてくる。
「院様明るくなっちゃった?」
「……見ての通りだ」
「にゃっはー、遠足だもん院様もはしゃぎたかったのさあ! ねっ院様」
明後日の方向を見ながら笑う炉吏子に、院は少し頬を赤らめて笑った。珍しい、照れている。炉吏子はこうやって人の警戒を解きやすい。あやかしの警戒も解きやすい。だから憑かれる。まったく、面倒な奴だけど、目が離せないとそれだけその天真爛漫さが眩しくなる。かしゃかしゃレンズをいじって人間だけ見えるモードにしてみると、それは余計だった。小柄で可愛い女子なのだ、炉吏子は。同性からも好かれるし、異性からも悪くなく思われている。常に身に着けている木札が問題なだけで。あれがあるとどうしても引かれやすいからなあ。しかも一日一日色が濃くなる。つげのように。周囲にある悪霊を吸ってしまうから、一か月に一回は取り換えに来なきゃならない。水辺に近寄ると引っ張られるし、山では山姥を寄せ付けてしまうし、こうして町中にいるのが一番平穏なのだ。でなかったら牧場とかの大自然。今回の遠足のような。
それでも寄せちまうのが炉吏子の凄い所で、半透明の牛なんかが写ってたりする。まあそっちは害がないので――言ったら院も害はないが、ちょっと自己主張が強すぎる――普通の写真に混ぜておいた。先生が最終判断を下すところだから、俺は気にしない。
そうして展示された写真には、四年生全員が群がった。自分の写っている写真を探し、あるいは好きな人の写真を探し、名前を書いて番号を書いて先生に提出する。アナクロだけど確実なやり方でもある。そこから男子が一人出て来て、俺の腕を引っ張った。名前だけは知ってる同級生だ。確か――城多。城多英輔。
「な、なんだよ城多」
「これっ、これッ!」
見れば四十九番、あまり縁起の良くない数字の所に、城多が写っている写真がある。だからどうしたと思っていると、城多は写真の自分の背後を指した。ふつーの人間の明度にしてみると、そこにはくっきりと、微笑むおばさんが写っている。
「それがどーかしたのか?」
「これ、今病気で入院中のうちのかーちゃんなんだよ!」
ありゃ。
しまったな、見落としがあったか。
ざわざわと周りが騒ぐ。面倒くさい。あざみがニヤニヤしているのが気に障る。同じ写真に写っている炉吏子はどうしようかと悩んでいるらしい。まあ、お前のせいでもあるだろうからなあ。サラはおろおろしているが、出来る事はないだろう。院の写真はとりあえずチェックしたから、ないだろうが。サラだけ写っているのも、少なくはない。
「なあ、これって幽体離脱か? かーちゃん駄目なのか? 死んじゃうのか!? なあ小坂識、どうなんだよっ!?」
そう言われても人の生き死にに関することはご法度ものの予言だしなあ。
「あー……とりあえず魂はすげー元気だ。笑ってるしくっきり写ってるし」
ほ、と城多が息を吐く。
「でもそれが無事身体に還るかは解らない。こんだけ元気なら大丈夫そうでもあるけど、もしもって事態は避けられないと思え。俺に言えるのはそれぐらいだ。ちなみに城多。お前この遠足の後に見舞行ったか?」
「え、ま、まただけど」
「じゃあ先に顔出して元気なの教えてやれ。……上手くすればそれで還る」
「どういう意味たよ」
「今もこのおばさん、お前が背負ってるってこと」
ざわっと一気に騒ぎが広がり、俺達の周りが空く。その隙に炉吏子は写真を自分の帳面に入れたようだった。あざみはとうとうブッと吹いてくつつつつっと笑う。この野郎。俺だってあんまり触れたくなかったのに。まあ炉吏子の木札に吸収されてないって事は生き延びる運命の人なんだろう。なら大丈夫か、と俺は楽観する。かーちゃん、いるのかーちゃんと尾を追う犬のようにくるくるしている城多に、俺はメガネを貸してやった。明度は母親が見える程度。他の守護霊も見えちゃったりするだろうが、まずは安心させるのが一番だ。
「俺、早退して病院行って来る! そしたらかーちゃん、目を覚ますかもしれないんだよな? そうなんだよな?」
「さてそれはなんとも。ただ、幽体離脱の状態が長く続くのは良くない」
「俺帰る!」
だだだだだっと走り出した城多と擦れ違った先生は、何だ? とまずは空白の中心にいた俺に訊く。これあいつのお母さんで幽体離脱中なんです、と言うと、がっくりされた。そういう事が無いようにお前に頼んでるんだがなあと言われても、これだけくっきり写ってたら――あ、よく見ると脚ねーや。やっべ、これは俺のミスだ。とりあえずその写真は撤去されたが、四十九番のリクエストは一番多かったらしい。怖かったのは写真屋さんの方だろうな、なんてのんきに思いながら俺は筆を出して札を書く。
無病息災。
炉吏子専用だと思っていたが、なかなかどうして使い勝手が良い札だ。明日城多が来たら渡してやろう。
「にゃににゃに、あたしの?」
「うぬぼれるな、いつでもお前にしか書いてない訳じゃない。たまにはお守り袋用とかで補充もする」
「へー、そうだったんだ。って言うかお守りって家内制手工業だったの」
「だったのだ。覚えた言葉はすぐ使うな、お前」
「じゃにゃーと次のテストまでに忘れるじゃにゃーのさ」
胸を張って言う事か。
翌日城多は学校に来て、母親の意識が戻ったと報告してくれたので、俺も健康祈願の札を渡してやった。今日も早退しないと、と言う城多に、先生は一切突っ込みを入れなかった。まあ、生徒元気で留守がいいってのもあるんだろうが。しかしあんなにくっきり写ってたのは、やっぱり炉吏子の霊媒パワーのおかげもあるんだろうなあ。霊媒師。一番向いてるけど一番なっちゃいけない職だな。引き剥がせないんだから。今日も後ろに牛連れてるし。ぺしっと墨の入ったペットボトルで叩いてやると。あいたっと言われる。にゃにさーと言われるから自分で考えろと言っておいた。
動物霊は怖いのだ、とは、猫又憑きのこいつに言っても無駄だろう。叩かれてちょっと不機嫌そうに、炉吏子の頭に乗っているのでは。
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