第5話 御朱印帳
※
一週間ほどして、サラは母親の指の傷が完全になくなったことを教えてくれた。小坂識君ありがとうございます。院にも褒められるが、上から目線なので褒められている気があまりしない。
「そういえば、他にはどんな事件に遭ったんですか? この倶楽部」
完全に部員として馴染んでしまっているサラである。まあ転校生には珍しいだろう、こんな倶楽部のある学校。訊いてみると引っ越しは四回目だが、こんな部のある学校は初めてだそうだ。そりゃそうだろう。俺だって見た事ない。と言うか自分が中心にいると言うのがいまだに慣れない。確かに炉吏子を助けたのが一番最初の出来事で、今では縄跳び三重飛び出来るまで健康にしたのは俺かもしれないが、完全と言う訳でもないのだ。年に一度は高熱を出す。原因不明のそれは、しかし一日でぱっと治る。年中妖気に晒されていた頃の後遺症だ。まあ一日で済むのは俺が放課後帰ったらすぐに護摩焚いて念仏唱えてるのも無関係じゃなかろうが。不定期だからいつ来るのか解らなくて事前にしてやれないのは、ちょっと申し訳なく思っている。悪いのは邪鬼悪鬼と言ったこいつを取り巻く魑魅魍魎共だと、解っちゃいるんだが。
中学までは一緒として、高校になってもこの体質が変わらなかっらどうしよう。お守りの重ね付けかな、なんて俺は遠い未来を思う。俺は進学するかどうかも解らないが。案外すぐに他の寺に放り出されて修行の日々になるのかも知れない。そうなったらちょっとはこの日々が懐かしくなるのだろうか。早くそうなりたいな。ま、その間の炉吏子の事はとーちゃんやじーちゃんに任せよう。ある意味最強タッグだ。寺の坊主二人なんて。とーちゃんは昼行燈扱いされてるけれど、あれで実力は確かだ。なんとかなる、だろう。多分。あの時もそうだったし。
「私が巻き込まれたのなら覚えがあるよ」
と、ぴこん、と手を挙げたのはあざみだ。と言うことはあの時、か。
「話していいよね、リドル?」
「だから好きにしろ。俺は突っ込みしか入れない」
「あれは二人曇りガラスの向こうに風の街を見ていたころ」
「おぅい。お前らどっからそう言うネタ持って来るんだよ、炉吏子といい」
二人はぱっと同時に文庫本サイズの手帳を取り出した。普通ならプリクラ貼ったりファンシーグッズの切り抜き貼ったりするようなそれにはしかし、ごん太の油性ペンで『ネタ帳』と書かれている。
ネタにされていたのか。こいつら守るの止めようかなと一瞬思う。サラはくすくす笑っていた。院もだ。神気振りまくな、かしゃかしゃメガネを調整しなきゃならん。これで結構手間なのだ、色んな種類のレンズがあるだけに。最初はそれを覚えるのに必死だった。霊だけ見える、人間だけ見える、明度を上げる、明度を下げる、裸眼の状態にする、うまくできなきゃ飯抜きにもされたっけ。本堂に閉じ込められて――懐かしみたくない思い出だ。俺がこのメガネを誰かに継承するときには、もっとゆるくやろう。確かに御大層なメガネだが、そこまで必死に覚えなきゃならないこともあるまい。俺の場合は見えるのが早かったから、必要だっただけで。何せあやかしも人間も区別が付かなかったからなあ。だから橋姫と遊ぶ、なんて奇妙なひとり遊びしていたようなもんだし。見えない人間からは多分あれだ、いまじなりーふれんど、って奴に思われていただろう。子供が脳内で作り出す幻想の友達。それも悪霊になることも少なくないが、守護霊になると言った事も多い。愛されたものは愛を返すのだ。閑話休題。
「まあこれは置いといて。あたしも転勤族でね、あちこち転校してた時期があったのさ。今はこの街に建売住宅買って住んでるんだけど。だからお父さんは単身赴任」
「まあ」
「昔は行く街行く街で御朱印集めててね。今も父親の所に遊びに行くときにはちびちび集めてる。っていう趣味の発表をしたら、机の中から御朱印帳を盗まれちゃってね」
「あの時はリドルが慌ててたよにゃー」
「御朱印は神との契約だ。下手に持ち主以外が持ち出せば災いも降りかかる」
そして降りかかった災厄は、御朱印帳の数もあって最悪の部類だった。
「盗んだ子が車に轢かれて意識不明になってね。ランドセルからあたしの御朱印帳が出て来て、」
「あの、今更な質問をしても構いませんか?」
「どぞどぞ?」
「ごしゅいんちょう、とは何でしょう」
ま、あんまり日常的に使う言葉じゃないわな。
「お寺とかにある判子でね、そこの神様と縁を結んだ印、って言われてるのかな?」
「大体間違ってない」
「大体合ってる、っていってあげにゃーよリドル、意地悪いよ」
「まあ話を進めろ」
「縁を結んでない神様の御朱印帳を大量に持ってたって事で、その子天罰が下っちゃったみたいでさ。助けてくださいってご両親に土下座されたけど、あたしには出来る事ってなーんにもなかったから、同じ学年のリドルを訪ねたの。その頃はもう炉吏子ちゃんの件で有名だったからね」
「不本意だった……」
「炉吏子のおかーさんはお喋りさんなのだ、にゃはは」
「で、おじーちゃんやおとーさんにも手伝ってもらって御朱印の神様一人一人と対話してもらって、やっと事故にあった子は目覚めたのさ。それからはむしろ神社仏閣嫌いになってお守りすら持たなくなったって言うよ。ゆく年くる年すら見なくなったって盆暮れ正月彼岸も絶対家からでなくなったって。でもその間に頼りにしてるのが、リドルの書いたお札だって言うんだから、おっかしな話だよねー」
「しつれーな話だよにゃー。自業自得のくせにさ。あたしなんかまだリドルのお守り手放すとぜんそくの発作起こすのに。健康な体で行事を謳歌しないのは我儘だよ。御朱印帳だって欲しかったら自分の近所からまず集めてみればよかっただけなのに盗むなんて手癖の悪いことするから、罰が当たったんだってのににゃー」
「小児ぜんそくならそのうち治るだろ、お前」
「時間薬、と言う物ですね」
「うちおにーちゃんもいるけど、高校現在吸入器が手放せない」
「お前んち守護霊いなさすぎるんだよ。何か前世で悪いことしてないか?」
「知らないよそんにゃのー!」
くすくすとサラが笑う。俺達にとってはいつもの時間が、サラには珍しいのだろう。十歳で四度の引っ越し経験あり、と言う事は一所に二年もいれば上出来だ。その中でこんなコントしてる中にいるのは、めずらしい経験なのだろう。
ならばもっと、巻き込んでやるか。
「サラは守護霊絡みで何かあったことはないのか? 石段から転げ落ちたのに無傷、とか」
「あ、三歳の七五三でやったそうです、それ。まだ身体が柔らかいのと着物でころころになってたからだろうってお医者様にも驚かれました」
「あんのかよ! そして強いな院!」
『様を付けろ』
「へいへい院様! しかしそれならまずそういう危ないところに行かないようにするのが筋じゃねーのか?」
『我も神社で解放されていてなー』
「一杯引っ掛けたおっさんかよ」
「リドルリドル。誰と話してんの。院様だったらあたしたちにも聞こえるよーにしてちょーだいよにゃー」
「そう言えば、炉吏子さんがにゃーにゃー言うのってどうしてですか? 猫でも飼っていらっしゃるので?」
「んにゃ、十二支に猫がいないのが可哀想だから、一年中猫になってやろうと思っただけ」
「変な所で感傷的な奴なんだ」
「お優しい、と言うんですよ、多分」
優しさで猫又憑けてちゃしゃーねえよな。
思いながら俺は炉吏子の頭の上でくつろぐ猫又を見た。
って言うか、ぜんそくの原因のけだもの、そいつじゃね?
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