第3話 守護霊
※
次の日。
サラが持ってきたのは箱だった。
両手で丁度持てるぐらいの、和紙の箱。
はーっと俺は溜息を吐いて、サラを見上げる。身長自体サラの方が高い。い、良いんだ炉吏子は俺より小さいしあざみは同じだし。女子の方が成長が早いって言うから、俺はまったく気にしていない。気になるのは箱の方だ。邪気も神気も感じないが、あからさまに怪しい箱。和紙で折られたそれには見覚えがある。男の子として一番見たくないものが入っているだろうそれ。
「橋姫と喋ったな、お前」
「えっと……テンションの高くて着物を着た人でしたら、はい」
「仕事しろ」
俺は後ろの守護霊に突っ込む。おや、と言われてきょとんとするのはサラだ。多分また、声が聞こえたんだろう。
『あの程度なら我の神気で吹き飛ばせると思ったからこそ、謁見を許したまでよ。沙羅には害が無いと判断した。間違って無かろう?』
「間違って無くてもおみやげはせめて持たされるな」
『ああ、お前には少し恐ろしいか』
中身知ってて受け取らせたのかよ、性悪な神様には苦労するぜ、まったく。
「中身開けてないな? サラ」
「はい」
「その名に入ってるのは干からびた棒とサクランボの種みたいなのが二つだ」
「はい……?」
「橋姫は嫉妬深い。惚れた男が他所に気をやろうもんならこうだ」
俺は指を二本立ててちょきん、とする。サラは意味が解らなかったようだが、俺が下を示すと解ったらしく、かあああっと頬を染めた。
「ま、親しみやすいんでちょっとしたおみやげに渡すこともあるんだがな。出来ればその橋はもう使うなよ。回り道してでも避けろ。避けてるのに気付かれたら俺の名前を出せばいい。だまるだろうからな」
「小坂識さんもお友達なんですか? その、橋姫さんと」
「腐れ縁だ。俺が幼稚園児の頃に気に入られた」
童、童。遊んでおくれ。童、童。名前を教えておくれ。
童、童。もう遊びに来てはくれぬのか?
童。
――ならばそれをもぎ取ってやる。
ぞっとした事を思い出せば、炉吏子とあざみもやって来る。
俺の心霊体験は多い方だが、橋姫と遊んでいたころが一番多かっただろう。何せ、あやかしそのものと遊んでいたのだから。
橋姫はその名の通り、橋に憑く女のあやかしだ。人懐っこく激しやすく、慣れ合うのは簡単だが離れるには相当苦労する。俺が髪を伸ばしているのも、いざという時にぶち抜いて分身を作りあやかしを困惑させるためだ。幸いまだ数度しか使っていないが、中学になったら切らされるだろうから今のうちに伸ばして溜めておかないといけない。あの寺の、と言えばすんなり許してくれそうではあるが、なるべく家に頼りたくないのだ、俺だって。子供ながらの自立心ってのが、一応俺にもある。
「サラちゃんナニソレ。開けても良い?」
「開けるな。邪気が外に逃げる」
「えっ何そんなの貰ったのサラちゃん。リドル怖ーい」
「俺じゃねぇ、橋姫だ! ったく、どいつもこいつも俺をどういう目で見てんだよ」
「うーん、疑惑の目?」
「怪しみの目?」
「えっえっと」
「サラはそこで乗れないのに困らなくても良い。とりあえずその箱、校庭のどっかに埋めるぞ。そのうち邪気も逃げるだろ」
「はいなっ!」
なぜかどこからか出したシャベルを構え、炉吏子が箱を受け取った。
途端。
倒れそうになるのをサラとあざみが慌てて抱えた。
俺は箱を受け取る。
「お前いくらお守り袋持ってても、守護霊いないんだから常にノーガードなのいい加減に自覚しろよ……」
「炉吏子さん、しっかりしてください、炉吏子さんっ! ああ私のせいで、どうしよう、どうしたら」
困ってるぞ、と俺はサラより更に上にある視線に眼を向けた。
仕方なくその指が炉吏子に触れると、『バタンキュー』状態だった炉吏子がぱちっと目を開けてきょときょと俺達を見る。
「なんか急に楽になった……気がする」
「サラの守護霊が神気分けてくれたんだよ。良いから早く埋めに行くぞ、一時間目始まっちまう」
「はーい。サラちゃんの守護霊さん、ありがとうございますっ」
ぺこっと頭を下げるのに気を良くしたのか、後光が増す。俺はメガネを完全遮光モードにしたがそれでもまだぼんやりとサラの守護霊は見えてた。そう言えば。
――あんたの事なんて呼べばいいんだ?
俺は問いかけてみる。
――名は明かせぬ身分でな。院とでも呼んでくれ。
「おーい、お前ら。サラの守護霊の事は院っ呼べばいいってよ」
「院さん? 院様?」
「様、かねえ。この神気なら」
「改めてありがとう、よろしく、院様!」
「よろしくね、院様!」
ちょっと困ったように、院は笑ったようだった。
一時間目には間に合わず、見事に俺達四人は遅刻した。
多分それからだろう。隅川小怪奇倶楽部が、四人と判断されたのは。
……院様入れたら五人になるけどな。それ言ったら俺やあざみの守護霊だって入れなきゃならなくなって、雪だるま式だが。
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