第2話 憑かれ体質
※
「一番最初のはー、やっぱりあたしになるのかな? リドル」
「勝手に話せ。俺は突っ込みしかれないからな」
「あれはまだ私達がただの男と女だったころ」
「うぉい」
「にゃはは、ジョーダンジョーダン。あたしが休みがちの病弱な一年生だったころの話からかな」
「病弱……ですか?」
訝しげなサラの声に、あざみは答える。今の炉吏子は元気いっぱいに見える所為だろう。事実夏の体育以外のこいつは今や二重飛びを超えた三重飛びができる程度になっている。一応俺のお陰だろう、そこまで体力が付いたのは。
「学年一不健康だと言われていたぐらいだったよー。出席簿は欠席だらけ、運動会の行進の練習で倒れる、普通の体育も見学基本。縄跳び十回で過呼吸、百メートル走で呼吸困難救急車に運ばれること半年で五回だっけ?」
「幼稚園よりはそれでもマシだったんだよー。この学校生徒が作った千手観音があるからさ」
「玄関にあった、大きなあれですか? 生徒が作ってたんですね」
「そうそ、だからテニスラケットとか竹刀とか持ってる。子供が作った子供を見守る神様だって、リドルは言ってたっけ?」
「まあ間違ってない。正確には生徒を守る神様だな、ありゃ」
だから学校の行き帰りはサングラスになるのだが。あれでも大分強い仏様だ。後光もパない。
「一番家が近い人が休みの人にプリントなんかを届けるんだけど、ある日その子も風邪引いてね。こっちは健全な病気。あれ、風邪だっけ? 肺炎だっけ? まあ元気にしてるけどさ、今は」
健全な病気とは。
「リドルが届けに行くことににゃーたら、まー家中ラップ音するわカレンダーが飛ぶわ時計は落ちるわの大騒ぎポルターガイスト状態にになっちゃってにゃー。その場でリドルが丁度良く持ってた習字道具セットでお札書いたら鎮まったんだけど、それが単にあたしの身体に全員立てこもりを図っただけらしくって。ぜえぜえして死の淵をさまようあたしをお母さんの車ですぐ近くのリドルんち行かされて、本堂に行ったらもうバタンキューよバタンキュー」
「ばたんきゅー?」
「バタンキュー」
炉吏子、それ通じてないだけの聞き返し。古いぞバタンキューは。うちのかーちゃんが使うレベルだ。
「ばったり倒れて逃げ出して行こうとするのを堂の結界で封じ込めてな。ちびなのばかりだから警策でハエ叩き状にして駆除はすぐに終わって、無病息災のお守りにちょっとおまけを付けて、救急車呼びそうになってるお前のお母さん止めてな。警察呼んでやるとか人殺しとかさんざん言われたっけなあ――」
「そ、その事はお母さんも反省してるから許してあげてよリドル~。いきなり可愛い娘が倒れたら錯乱するって。多分」
「そんでもって無事こいつの健康は守られることになりました、めでたしめでたし」
「そういやおまけって何だったの?」
「俺の髪」
「うわキモッ」
「髪は神に転ず。だろ?」
サラの後ろに声を掛ける。
『そうじゃのう、人の身では無理だからのう』
全員に聞こえたらしいその声に、三人がきょろきょろと辺りを見回す。あ、とサラが一番最初に気付いた。そりゃ真後ろからの声だしな。
「今のが私の守護霊さんの声ですか?」
「そ。かーなーり、強い。あんた今まで風疹はしか水ぼうそう以外の病気やった事ないだろう」
「そういえば確かに……そっか、こうやって守られてるんですね」
「炉吏子の場合は守護霊自体が既にいなかったんだ。臨死体験なんかをすると低確率だがそう言う運のないやつも出る。だから一応倶楽部作るのも黙認して、見張ってやってるってのかな」
「リドル、それ見守ってるって言うんだよ」
あざみの応えは無視した。
「臨死体験って、何かあったんですか? 炉吏子さん」
「あたしも知らにゃーけど、出産時に一度心臓止まってるんだってさ。だから原因があるとすればそれが一番かな。他にも車に轢かれたり自転車と衝突したり色々あったけど、よちよち歩きの時は。それで生きてるんだから人間って案外死なないように出来てるもんだなーって思うよ。ほんとほんと」
「車に自転車って」
「今でもアトあるよ、ほら」
「腹をめくって見せんで良い! とりあえず、守護霊がいないって不便なのは解っただろ? だからあんたはその後ろのを大事にした方が良いぜ、サラ。今日はまあ、こんぐらいで良いだろ。早く帰るぞ、宵闇からは魔も出やすくなる。ばったり出会うのもそう言う時間が多いからな。塾だって土日の午前中だけで良いと思っている派だ、俺は。勉強したくないしどうせ寺継ぐの決定してる安定した人生だからな」
「私は別にそんなに怪奇現象と近しくないから解んないけど、経験者の語ることは聞いておいた方が良いわね。はいはいはいっと。それにしても良いなー安定した老後まで保証されてる人生、羨ましーわ。そういやサラちゃんのおうちってどこ? 住宅街?」
「あ、社宅なんです。川縁にある」
「あの川には気を付けろ。特に橋姫のいる橋ではテンション高いから、聞こえたり見えたりしても無視しろ」
「はしひめ? は、はい、よく解らないですけれど気を付けます」
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