隅川小怪奇倶楽部

ぜろ

第1話 光り輝く転校生

 市立隅川小学校四年四組に転校生だと言われて入って来た少女は。

 明るくて明る過ぎて。

 俺は思わず、メガネの明度を下げた。



「リドル、なんか今日調子変でない?」

 言ってきたのは同級生にして『倶楽部』一員の浪花なにわ炉吏子ろりこだった。そりゃそうだろう、一日中メガネをサングラスモードにしてるなんてめったにないことだ。ぐったりしている俺はぷらぷらと手を振って、何でもないと意思表示しながら放課後の机にへたばった。何々、と訊いてきたのは同じく同級生の風上かざかみあざみで、俺は余計にうっとうしくなる。曾じーちゃんの形見のメガネは便利で、メガネ屋で使っている何枚もレンズを入れ替えられるものだから、違うレンズ同士の同時使用もできる。ただ、今日みたいに『まぶしすぎる』ものがいる時には真っ暗なサングラスモードでもまだ足りないぐらいなのだ。おかげで算数の問題がほとんど見えず、隣の奴にノートを貸してもらった。あざみも『倶楽部』の一員ではあるが、そう言うのを感じるようには出来ていない。炉吏子は一度うちに来て、本堂でぶっ倒れた事がある。由緒正しい寺なのだ。我が家は。東京でも五本の指に入るらしい。らしい、と言うのは、昔――江戸時代から火難に触れ合ってきたからだ。火事と喧嘩は江戸の華と言うが、本当にそうであるらしい。資料だけでも五回は立て直している。だから年季があるのは、本堂位のものだ。

 四年前、そこでぶっ倒れた炉吏子には、当時『良くないもの』がくっ付いていた。それを引き剥がすための招待だったのだが、うちの不動明王を見て一気に出て行ったと言うのだから、小さいものを何匹も取り巻いてしまう『憑かれ体質』の炉吏子は大変である。小さい浮遊霊を警策でぺちぺち叩いて回ったのも良い思い出だ。何せ托鉢に出てたじーちゃんもとーちゃんもいない、たった一人での初仕事だったからな。突然倒れた娘をよそにかーちゃんに抱っこさせて隅に行った浮遊霊をべちべち叩く俺の姿は、炉吏子の母親にどう映っただろうと、今でも思う。一応お守りを持たせてからは、そういう事もないっちゃないが。それでも月に一度はうちに来てじーちゃんのお祓いを受ける。その程度には、霊的に虚弱なのだ、こいつは。何て言えば良いんだろうな、こう言うの。霊的になものに対してのみの虚弱体質? 実際小児ぜんそく持ちで、体調が悪くなるとすぐに咳き込むし。まあそれは時と共に去るだろうが。多分。

 あざみはそう言った能力は一切ないが、おもしろそう、と言う理由だけで入って来た――というかいつの間にか入り込んでいた、部員である。というかこいつが入って来た所為で、俺達は倶楽部と呼ばれる人数を保っていると言っても良い。いらんことに。最初は俺と炉吏子の二人で完結していた関係が外に開かれてしまったと言うか。俺の霊能力が外にばれてしまったと言うか。元々メガネで変な奴扱いは受けていたが、炉吏子を祓うまではそれでも普通の扱いを受けていたのだ。普通のいじめられっ子の。まあ俺の能力を炉吏子と一緒に喧伝してくれたおかげでそれは止んだが。それに実際その手の知識には乏しい俺達のサポートもしてくれるから、中々便利な奴だ。転勤族の趣味として御朱印帳を何冊も持っているからいざという時も問題ない。神との契約は強いのだ。うちのお不動さんだってそのぐらいは活躍できる。

 俺、小坂識こざかしきリドルも、まあ少し普通では無く、このメガネが無ければ――

「あの、小坂識さんと言うのはあなたですか?」

 ぱあっと入って来た光に俺はメガネの遮光度を一気に上げる。殆ど真っ黒なサングラス、それでも眩しい。

「あら、転校生ちゃん」

 言ったのはあざみだ。

 転校生――曼荼羅まんだら沙羅さら

「学校の面白い話が聴けると伺ったのですけど」

「あはは、そのためにゃー倶楽部に入会してもらわないとねっ!」

「くらぶ? ですか?」

 ことん、と首を傾げる気配。そして余計なことを言うな炉吏子。こんなのが年中続くなんてまっぴらだぞ、俺は。

「隅川小怪奇倶楽部さっ!」

「怪奇――ですか?」

 顔も見れない程の光を放つそいつの守護霊は。

 余計に光度を増して来たのて、俺はとうとう目を閉じた。


 隅川小怪奇倶楽部――誰が言ったか名付けたか。それははっきりしている。浪花炉吏子だ。自分の霊感体質を一気にふっ飛ばしてくれたと喧伝するものだから、上級生から下級生まで珍しがられている。迷惑なことに中心人物は俺だ。何故なら俺が幼少から、霊を見ることも話すこともできたから。そして離すことも――出来たから。

「ちょっくら後光弱めてくれ。ろくに顔も見えやしない」

 俺の言葉にきょとんとしたのは女子三人だ。ほう、と声がして、全員がきょろきょろ辺りを見渡す。人の帰って居残りも少ない教室、誰も俺達の事なんて気にしてやしないが、俺は曼荼羅のその背に負う強烈な霊気を意識せざるを得なかった。神気と言っても良いのかもしれない。光なのに圧力があるようで、苦しいぐらいだ。後ろのは少し光を弱めてくれた。もう半分ぐらい、と頼むと、やっと俺は曼荼羅の顔を見ることが出来るようになる。真ん中分けにサイドテール、スカートと言う事はあまり身体を使った遊びが得意じゃないのかもしれない。だからここを紹介された、ってのも、迷惑な話だが。とりあえずメガネの明度をかしゃんっとレンズを抜くことで上げ、曼荼羅の顔を見る。弥勒菩薩みたいな顔だな、と言うのが第一印象だった。優し気で何もかもを悟ったような顔。でもちゃんと見ればただの小学四年生の女の子だ。後ろのがただ者じゃないだけで。

「え、なになに、サラちゃんもうすでに何か憑いてるの?」

 興味深げに訊ねて来たのはあざみだ。憑いてるって言うか、と俺は頭を掻く。少し長い髪が揺れる。

「憑いてるって言うか、守護霊が飛んでもねー。全然見えねー。神社仏閣に縁が無いか、お前」

「え、っと、母方の実家がお寺で父方の実家が神仏習合? と言うんでしょうか、めずらしい神社らしいです」

「サラブレットかよ。まあその神気でちょっと目が見えなくなってた。今は平気。あんたには何にも見えないのか? 曼荼羅」

「沙羅で良いです。私の方からは特に何も」

「炉吏子、お前の近くに必要なのは俺じゃなくてこういう人種だからな。無意識に周りを浄化してくれるようなの。何か起こってからでなきゃ動けない俺みたいなのはむしろ出来損ないってんだ」

 そういうわけでもなかろう、と守護霊が言う。今度は俺にだけ聞こえる声で。

 怨霊も引き摺らずにやってこれたのなら、中々の腕前と見るが。家の結界が全部片付けてくれるだけですよ。我もか? 神様には効きません。我を神と言うか。少なくとも邪じゃないでしょう。然り、賢い人間は好きだぞ。だから後光強くしないで下さい、本気目が痛いです。

 うにゃりと机に突っ伏すとメガネの隙間から入ってくる光で目がやられる。顔を仕方なく上げていると、サラは申し訳なさそうにあの、と俺に声を掛けて来た。

「お邪魔でしたら私、すぐに退きますので」

「あー邪魔じゃない邪魔じゃない。あんたは全然邪魔じゃない!」

 かしゃかしゃとレンズを入れ替えメガネの明度をいじって、仕方なく俺はその視界にサラを入れる。人間だけを写すレンズだから、後ろのはそんなに気にならない。横からめっちゃ光入って来るけどな。顔の向き変えたら一撃だけどな。なんだ、俺は闇属性のモンスターか何かか。光やばいマジやばい。

「で、入るの? 倶楽部」

 あざみが畳みかける。

「それで面白いお話を聞かせていただけるなら、ぜひ!」

 にこっと笑った顔は、可愛かったけれどどこかやっぱり神様めいた拈華微笑に見えた。

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