第四回戦 『性愛中毒キラー』
セックスの相手を見つけるために僕はナンパを覚えた。ナンパは古来最もシンプルにセックスの相手を探す手段だ。『
ともかく僕は街で出会った女を得意の話術でもって盛り上げ、頃合いを見計らってセックスに誘うというような遊びを重ねた。当時の僕はセックスへの執着が最高潮にまで高まっていて、質より量を求めていた。だから初めての頃と違って相手は選ばなかった。どんなに醜悪な見た目をしていても、セックスできればそれでいい。ヘテロセクシャリストとしてセックス可能な相手とは誰とでもセックスする、そんな獣めいた暮らしを続けていた。肉体的に満たされていく一方で、僕の心はどんどん渇いていった。飲めば飲むほど喉が渇き、挙げ句の果てには目の前にあったはずの泉を丸ごと飲み干してしまった。そんな感じだった。僕の噂は街中に広まり、いつしか街の女たちは僕を見るとひそひそ示し合わせて逃げ出すようになってしまった。
異変に気づいた頃には時すでに遅く、僕は全くセックスできない状態にまで追い込まれた。
そんな時に出会ったのが
「君のことはよく知ってるよ。『
ある夜、僕が街で根城にしていたバーで独り飲んでいた時に彼は現れた。紺のセーターに、黒のスラックス。腕にはださいデジタル時計が光っていた。繁華街には似つかわしくない、野暮ったくて地味な服装だ。歳の頃は二十歳前後といったところか。落ち着いた髪型のせいでぱっと見はもっと老けて見えた。
「どうも。俺は痣神だ。覚えておいてもらおう」
「こんばんは。何のご用ですか?」
「君がちょうど悩んでいるようだったんで、声をかけさせてもらったんだよ」
ご名答。まさにこの時僕は女がなぜ自分から離れていくのかと悩んでいた。
「その答えを教えてやろう。俺が女たちに吹き込んだんだ。あの男は危険だから関わるなってね」
痣神は勝ち誇ったような顔で僕を見た。
「何の話ですか」
相手の素性が知らない以上、下手に話を合わせるべきじゃない。僕はしらばっくれてみることにした。
「そう警戒するなよ。俺はなにも公の正義じゃない、公の正義を気取りたいだけだ。君を逮捕したり罰したりする権限も能力もないんだから」
痣神は息継ぎするように酒を煽った。
「個人的な趣味さ。俺は君のように性愛のことしか頭にない危険な獣の邪魔をすることに至高の快感を覚える人間なんだ。君がこれまで私欲のために騙し、陥れてきたものたちの怨念の化身さ」
「僕は犯罪行為なんかしていませんよ。すべて合意の上です」
「法律の話をしてるんじゃない。俺が話したいのは、欲望処理のために消費されたものたちの物語だ。女たちの感情なんて知ったことじゃない。君が誰かさんとやった。恋や愛などといった土台をすっ飛ばして、ただやるだけやった。その時、その誰かさんの女性器が消費されたことになる。俺はそのことが許せないんだ」
「つまり、あなたは女たちではなく彼女らの性器のために僕の邪魔をしていると?」
「そういうことになるな」
「意味がわかりません。そんなことをして、あなたに何の得があるんです?」
「そっくりそのまま訊くけどさ、君は誰かとやって何の得があるんだい? 快楽かい? それとも征服欲が満たされるかい?」
「僕はただセックスしたいだけです」
「なら俺もそうさ。君のそのセックスとやらから女性器たちを守る。ただそれをしたいだけだ。どうだい? 俺たちは分かり合えるんじゃないか?」
まるで正反対を向いた僕と痣神は、対照的であるがゆえに対称的な存在だった。僕はたしかにセックスをしてどうにかなりたいわけではなかった。セックスの先に何かがあって、それを求めていたわけじゃなかった。僕はただセックスがしたいだけだった。セックスできれば良いだけの獣なのだ。そして、痣神はセックスの邪魔をしたいだけの獣なのだった。
「君を見つけた以上、俺はこの先も全力で君のセックスを妨げるつもりだ。でも単純な勝利じゃつまらないから、君も君なりに策を練って僕と対等に戦ってくれよ? 『
この出会いは必然だったのかもしれないと、後になって僕は痛感する。
「あなたが何をしたいのかわかりませんが、僕は僕なりにひっそりとやらせていただきますよ」
「よろしく。改めて自己紹介させてもらおう。俺は痣神京一。『性愛中毒キラー《フェミニスト》』を自称させてもらってる」
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