第8話 はじめてのおねがい

 ――伝説の初代ドール、『エリス』。

 お祖母ちゃんが初めて作ったドール。

 それは、人とまったく見分けがつかないほどよく出来たドールでした。


 確かに私は、お祖母ちゃんの真似をして『ニナ』を作りました。だからなのでしょうか。ニナも、お祖母ちゃんのドールに似たのかもしれません。


「くそ、くそ、くそ! こんなことがあってたまるか! ボーマンカンパニーのドールが負けるはずがないのだ! 何をしているシャーロット! さっさと起きろ! そしてあのドールを破壊するんだ! 我が社の力を見せつけてやれ! お前はそのためだけに作ったドールなんだぞ!」


『シャーロット』はその言葉に応えようとしているのか、必死に立ち上がります。そしてまた腕部を巨大化させ、わずかに残った魔導バッテリーからエネルギーの噴射を始めました。再びあの攻撃をするようです。けれど、シャーロットがもう限界にあることは誰の目にも明らかでした。だからなのでしょう、審判の方が止めに入ります。


「ボーマンさん、しかしそのドールはもう稼働限界でしょう! このままでは確実に壊れてしまいます!」

「ええいうるさい退けッ! 行け『シャーロット』! ヤツを倒すのだぁッ!!」


『シャーロット』の身体が赤くなり、オーバーヒート寸前の状態になります。それでも『シャーロット』は忠実にボーマンさんの命令を守り、攻撃体勢に入ります。


 ニナが言いました。


『わかるでしょ、ユフィ』

「え――?」

『ユフィは、聞こえるでしょ。あの子の声』


 ……声。


 そうだ。

 そうです。



『――ごめんなさい』



 私には、ちゃんと聞こえていました。



『――離れてください。逃げてください』



『シャーロット』が、泣いている声が。



『私を、壊してください』



 自分を止めてほしいと懇願する、心の声が。


 ボーマンさんがルチアさんのドールを壊してしまったときも、シャーロットは泣いていたのです。ごめんなさいと。

 シャーロットはずっと、ボーマンさんのために健気に頑張っていたのです。

 ずっと、ずっと、シャーロットは頑張っていたのです。


 ニナにも、きっとシャーロットの声が聞こえているのです。


『命令して。ユフィ。あいつを壊せって』

「ニナ……」

『ユフィの命令なら、ニナはなんでも聞く』


『ニナ』が待っていました。


 私の目の前で、じっとこちらを見つめていました。

 その背後から、シャーロットが飛びかかってきます。会場が大騒ぎになっていました。


 私は、私は――


「……わかったよ、ニナ。けれど壊さないで」


 ニナに、“お願い”をします。



「お願いニナ! シャーロットを――助けてあげてっ!!」


『わかった』



『ニナ』が『シャーロット』の方へ振り向きます。

 するとニナの全身に魔術回路の光が流れ、淡い輝きに包まれます。濃い魔力のエネルギーはニナの銀髪の毛先から粒子状になって溢れ出し、キラキラと光りました。


 すごい……魔力を操っています……。

 私の想像以上に、ニナは、完全な状態で動いています!


 そしてシャーロットが右腕を振り上げて襲ってきましたが――


『しょーがないから、助けてあげる』


 シャーロットの剛腕を細い左腕で容易く受け止めたニナの瞳が輝きます。


『《魔導人形術式のⅥマナアート・セスタ――シルヴェッタ・ローネ》』


 その踏み込みでコロシアムの地面は砕け、ニナがシャーロットの胸元に掌底を打ち込むと、ニナの魔力が大きな爆発を起こしたかのような轟音を立てて放たれました。

 直撃を受けたシャーロットの素体に魔力の光がバリバリと駆け巡った後、大きくびくんっと震えたシャーロットは、その場で動きを停止します。そして、重たいと音を立ててその場に崩れおちました。


 私は急いで駆け寄ります。


「ニナ! こ、壊しちゃったの!?」

『素体の魔力回路を破壊しただけ。中身は平気』


 そう言うニナの右手には、シャーロットの物だと思われる『魔導核』がありました。

『魔導核』はドールの心臓、命です。それを抜かれたら停止するしかありませんが、逆に言えば、それさえあればまた新しい素体で動くことが出来ます。

 ニナは『魔導核』を持ったままボーマンさんの元へ向かいます。腰を抜かしていた様子のボーマンさんは、「ひぃっ!」と声を上げました。

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