第7話 ニナが目覚めました!
「ニナっ!!」
思わず飛び出した私を見て、きっと会場は騒然としたことでしょう。
でも私はそんなことは気にせず、ニナを抱きしめました。これ以上この子が傷つくところは見たくありません。
わかっていたのです。先ほどのシャーロットの攻撃で、ニナの背中の魔導バッテリーが破損したこと。たとえ今ここで起動しても、魔力がバッテリーから漏れ出した以上は動くことは出来ない。ルチアさんのときと同じです。
「ごめんねニナっ。私のせいでこんな、ごめんね、ごめんね……!」
かすかにエリーさんが私を呼ぶ声が聞こえました。他にも、誰かの叫び声が聞こえます。「逃げろ!」「止めろ!」「おい!」
私は目を閉じ、ただニナを抱いていました。自然に溢れた涙が、ニナの胸元に落ちます。
すると。
そのとき、『声』が聞こえました。
『――泣いてるの? ユフィ』
そっと、目を開けます。
『ニナ』が、綺麗なコバルト・グリーンの瞳で私を見つめていました。
「……え?」
呆然とする私の横を抜け、ニナが自然な動きで前に立ったとき、シャーロットが重厚な拳を突き出しながらこちらへと飛び込んでいました。普通のドールなら、きっとこの攻撃を受けたらひとたまりもないでしょう。
「――ニナっ!!」
私が叫びます。
ニナは、
『“お前”ね。ユフィを、泣かせたのは』
シャーロットの巨大な拳を小さな額で受けながら、一歩も後ずさることなく、静かにそう言いました。その翠の瞳は、シャーロットの向こうを見つめています。
そして。
『ジャマ』
ニナが軽く腕を払うと。
それだけで『シャーロット』は吹き飛び、激しい音を立ててコロシアムの壁に衝突してしまいました。
会場が――シンと静まり返ります。
それから少しの間を置いて、ボーマンさんが「う、うわあああああ!?」と声を上げながらシャーロットの方へ向かいました。ニナの瞳は、ずっと彼を追いかけています。
ニナは小さな身体で私の前に立つと、淡々と言いました。
『あいつ、壊してくる。待ってて、ユフィ』
「え――」
ニナはまるで幼い子どものように少し舌っ足らずな喋り方で、あまりにも素早すぎる動きで駆け出しました。
私は思わず声を上げます。
「ダ、ダメッ!」
その声に、ニナがぴたりと止まりました。
そしてこちらを振り返り、口を開きます。
『どうして止めるの?』
「も、もういいよニナ! シャーロットを壊しちゃダメ!」
『なんで?』
「そ、そこまでする必要がないからだよ。だからもうやめて。おねがいっ」
『イヤ。だってあの太ったマイスターはユフィを泣かせた。許せないからドールを壊す』
「ええっ!?」
驚く私。さらにボーマンさんや会場中の人々も声を上げて驚いていました。当然です。ドールがマイスターやオーナーの命令に背くことなんてありえません。そんな“自我”を持つなんて、本来はありえないことなのです。
でも私はすぐに理解しました。
私は、そういう風に『ニナ』を創ったから。
人と同じように思考して、自分の意志で動いて、楽しいときに笑って、悲しいときには泣いて、そんなドールをイメージして、想いを込めてカスタマイズしたから。
『ニナ』はきっと、正しく動いてくれている。
今、ここで生きてくれているんだ!
「ニナ……わ、私のために?」
『そう』
「えっとえっと、そ、それならなおさらもういいよ! 私、もう泣いてないよ!」
『そうなの?』
「う、うん!」
『でも、あの子は泣いてる』
「え?」
ニナがシャーロットの方を指差しました。
そこでは、ボーマンさんが崩れおちたシャーロットの首筋に触れて何かをしていました。
すると各部から煙を上げていたシャーロットが再び立ち上がろうとしますが、苦しそうに膝をついてしまいました。おそらく非常時のための強制モードを使ったのです。本来ドールは自身の稼働限界を迎えたとき、壊れないために自然と停止する仕組みがあります。けれど強制モードではそれが解除されるのです。
ボーマンさんが震えながら激昂して言います。
「ふ、ふ、ふざけるなっ! シャーロットが負けるなど、こ、こんなことがあってたまるか! なぜ喋る!? なぜ命令に背く!? そもそもそのドールのバッテリーは先ほど破壊したのだぞ! なぜそのドールは動けるんだ! それではまるで――で、伝説の初代ドールではないかッ!」
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