第6話 バトル開始です!
『皆さまお待たせ致しました。マイスターによるカスタマイズタイムは終了です。バトル中にドールのプログラムを変更することは出来ません。それでは――バトル部門恒例のエキシビジョンマッチを始めます!』
審判の方がそう宣言し、いよいよ逃げられなくなってしまいました。ああ、ど、どうしましょう。
「ユフィールさん! やってしまいなさいませー! いざとなったらローラも貸して差し上げますわよ! ――ほら、あなたも応援するのですわっ」
最前列から聞こえてくるエリーさんの声。
そちらを見ると、いつの間にかエリーさんの隣にルチアさんの姿がありました。ルチアさんは今にも泣きそうな顔で私を見て、それから祈るように手を組みました。ひょっとすると、自分のせいで私を巻き込んでしまったと思っているのかもしれません。気にしないでほしいと声を掛けたかったですが、今はそうも出来ません。
「どこを見ている、始めるぞ!」
コロシアム中央でボーマンさんが私を呼びました。
私は最後の説得をするため、一人でボーマンさんの元へ向かいます。振り返ると、目を閉じたニナはじっと立ち尽くしていました。
「あの、ボーマンさん。やっぱり試合を止めることは出来ないでしょうか」
「まだそんなことを言っているのか」
「ニナは未完成のドールです。まだ起動をしたこともないのです。『ルックス部門』ならともかく、バトルを出来るような状態ではありません。そういったプログラムもしていないのです」
「ならば今起動させればよかろう。見たところ、いつでも起動出来るような万全の状態に見えるがね。君のドールはハリボテなのかな」
「そ、それは……」
「世界中から集まった人々に、このエキシビジョンでドールを披露出来るなど、マイスターとして大変名誉なことなのだよ。恥を掻きたくないのはわかるが、いい加減覚悟を決めたまえ。ただ、バトル審査は事故が起こる可能性もあるがね。そこは覚悟してほしいものだ」
「そ、そんなっ」
「さぁ審判、そろそろ始めよう」
審判さんが手を掲げます。私たちは後ろに下がらなければなりません。
『それでは、ドール名『シャーロット』対『ニナ』の模擬戦を開始致します。マイスターのお二人はお下がりください。試合――開始ッ!』
ああ、とうとう始まってしまいました!
「ニナっ! 起きて、ニナ!」
私は後ろからニナに声を掛けます。けれどやっぱり、ニナが起動することはありません。
それを見て、ボーマンさんは顎に手を当てながらうっすらと笑いました。
「よもや本当に起動できんのか……? ふん、まあよい。『伝説の孫娘』のドールが相手となれば、世界中に我がボーマンカンパニーの名を示すのにちょうどいい。――行け、『シャーロット』!」
ボーマンさんが『命令』を出すと、相手のドール『シャーロット』が動き出します。
始めは鈍く、そして徐々になめらかに動き始めたシャーロットは地面を蹴り、素早い動きでニナにパンチをしました。そのまま何度もパンチやキックを繰り出すシャーロットは、まるで武闘家のようでした。関節の柔らかな動き、まさにバトルドールです。
「ニナっ!」
「はっはっは! どうだパルルミッタの孫娘よ、これが我がボーマンカンパニーの力だ! この機敏な動きを見たまえ! 並のドールではとても歯が立たんだろう! そらシャーロット、すぐに終わらせてはつまらんぞ! せっかくの舞台を盛り上げ――」
そこでボーマンさんの声が止まります。
シャーロットがどれだけ激しい連続攻撃をしても、ニナはいっさい反応することなく無言で立ち尽くすのみです。観客は大いに盛り上がっていましたが、私は心配で心配で仕方ありませんでした。
「……い、いったん下がれシャーロット!」
すると、ボーマンさんが突然別の命令を出しました。シャーロットは攻撃を止めてボーマンさんの方まで下がります。
攻撃が止まってホッとした私に向けて、なぜか額から汗を流していたボーマンさんが叫びます。
「貴様……な、何をした!」
「え? な、何を?」
いきなりそう言われても、私には意味がわかりません。
ボーマンさんは続けて叫びます。
「シャーロットの拳と脚に亀裂が出来ている! 何をしたんだ!」
「ええ? えっと、な、何もしていないと思います……けれど……」
実際、私は何の命令も出していません。そもそも起動していないニナは命令を受け付けることも出来ません。本当に、何もしていないのです。
「ふ、ふざけおって! あれだけの攻撃をして倒れもしないのはおかしいだろう! やはり何か隠していたか! ふんっ、小娘と思って加減していたが、もうその必要はない! どうせヤツは動けんのだ! 全力でやれ『シャーロット』ッ!」
ボーマンさんが再び攻撃命令を出します。
するとシャーロットの右腕が肥大化し、背中の大型魔導バッテリーから溢れた魔力エネルギーが噴射され、それが凄まじい推進力となって『シャーロット』が飛びます。そしてその勢いのまま、『ニナ』を目掛けて突進してきました。
私はもう、我慢出来ませんでした。
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