第1話 『ユフィール』と『ニナ』
――もしもし。
おはようございます。
今日も良い天気ですね。私の声、聞こえていますか? 聞こえていたら返事をしてほしいな。
……うん、まだ難しいかな。
それじゃあ今日も、私のことを話しますね。
私の名前は、『ユフィール・パルルミッタ』。十六歳の女の子です。村では『ユフィ』って呼んでもらっていたから、そう呼んでくれたら嬉しいな。
あなたにはまだ私の姿が見えないと思うから、口でも説明をするね。あ、鏡を持ってくるからちょっと待っててね!
……はい、持ってきました。
まだパジャマ姿だし、なんだか、自分で自分を見ながら話すのも照れちゃうけど、大事なことだからね。聞いていてね。
私の身長は154トール。体重は…………43ダイムです。ほ、本当だよ?
このストロベリーブロンドの髪は、お祖母ちゃんがよく梳かして大事にしてくれていましたから、切るのがもったいなくて、今では腰の辺りまで伸びてしまいました。洗うの、少し大変です。けれど私の数少ない自慢でもあります。
出身は東のアインツ村で、ずっとお祖母ちゃんと二人暮らしをしていました。この王都には先月やってきたばかりなんです。
それにしても王都は大きくて広くって、人がいっぱい。何よりドールがたくさんいてすごいですね! 私、毎日外を出歩くときにドキドキしちゃうくらいなんです!
あ、脱線しちゃったね。
どうして王都に来たかと言いますと、推薦状を頂いたんです。王都の『
――でも、やっぱりまだまだです。
ずっとあなたと一緒にいるのに、まだあなたを起こしてあげられません。きっとお祖母ちゃんも呆れちゃってます。伝説の
それでも、決して諦めたりしません!
いつか、あなたとお話がしたい。あなたと街を歩きたい。あなたと心を通わせたい。
そして、あなたのようなドールをたくさんの人に届けたい。
それが私の夢だから。
もっともっと頑張って、必ずあなたを生んでみせます。
だから――
「どうかもう少しだけ待っていてね、ニナ」
目の前の『
これは毎朝の日課。私のことを理解してもらえるようにお話をして、最後に愛情表現をする。本来、『魔導人形』は『
そんな日課を済ませていたら――
「――ユフィールさんっ!!」
突然、工房の扉がバーンと勢いよく開き、そこから逆光と共に馴染みのある声が響いてきました。
長く柔らかな金髪と綺麗な顔立ち、整ったお洋服。それは、私のお友達のエリーさんでした。私の小さくて乱雑とした工房には似つかわしくない、とっても美しい人です。
「あ、エリーさん。おはようございます。今日も良い天気のようですね」
「はいおはようございます――ってそんなこと言ってる場合ではありませんわ! また工房の方で寝ていたのでしょう? 髪の毛も跳ねて、寝起きの状態ではありませんか。さっさと支度なさいませ!」
「ど、どうしたんですかエリーさん? 朝早くからそんなに慌てて。今日は学院はお休みだったような……あっ、ひょっとして遊びに来てくれたのですか? えへへ、嬉しいなぁ」
「え? ま、まぁユフィールさんと休日に遊ぶのもまんざらではありませんし、それなら行きたいお店も……って違いますわぁっ! なぜ学院が休みになっているのかお忘れ!?」
「ええっと、どうしてと言われても………………あ~~~っ!」
唐突に思い出した私は、つい大声を上げてしまいます。
視線をカレンダーへ移すと、今日の日に大きな花マル印がついています。そう、そうでした。なぜ忘れていたのでしょう!
私は自分の胸を挟むように両手をぐっと握りしめて言いました。
「エリーさん! 今日は大切な日――王都で年に一度の『
すると、エリーさんはふわふわの金髪を払ってから「はぁ」と大きなため息をつきました。
「よく思い出せました。あれほど楽しみにしていたというのに、やっぱり忘れていたのですね。貴女のことですから、どうせニナさんのカスタマイズに夢中になっていると思いましたが……念のため、確認にきて正解でしたわね。さ、急いで着替えて支度を。外に馬車を待たせてありますわ」
「え? エリーさん……それじゃあもしかして、私のために、わざわざお迎えに来てくれたんですか……?」
そう訊いてみると、エリーさんの頬がポポッと赤くなっていきます。
「あ、貴女はドール以外のことに関しては非常識ですし、ポケポケも甚だしいです。まったくもう。貴女のようなドール馬鹿を友人に持ってしまったわたくしの気持ちも、す、少しは考えてくださると助かりますわ……」
視線を逸らしながら、さらに紅潮していくエリーさん。
私は嬉しくって、思わずエリーさんに抱きついてしまいました。
「ひゃあ!? ユ、ユユユユフィールさん!?」
「ありがとうございますっ、エリーさん。この街に来て、エリーさんと初めてお友達になれて、とっても嬉しいです。エリーさんのことが、大好きです」
「な、ななっ、なにっ、何をおっしゃっているんですのっ? そんな、す、すきだなんてかんたんに口にしてはっ、というか胸が当たって……お、大きい……ってもうっ! いいからさっさと支度なさいませ! わたくしが髪をといてあげますから!」
「はいっ!」
こうしてエリーさんと共に急いで身支度を済ませた私は、学院の制服を身に纏い、『ニナ』を馬車に乗せてもらって、『魔導人形博覧会』の会場へと向かったのでした。
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