とっぷりと日が暮れ、月が出ている。妻問いに適した時間ではあるが、

 なんだ、大物主。わたしは機嫌が悪い。あとにしてくれ。

 小蛇の神が律儀にも戸の外にいる。あの神であれば、わが廬に入り込むのもたやすいであろうに。

 つれないのう。せっかく遠遠し道を来たというのに。

 そもそもおぬし、なにゆえ高志に来たのだ。高志姫の話では、ヤマトから呼ばいに来るのは青人草のほうだというではないか。

 青人草の約束は青人草のもの。わたしはわたしの望みを持って来たのだ。わが半身がそなたのもとを訪ねる前に、うつくしいと聞くそなたと契っておこうかと。

 半身?

 おや、知らぬか。わたしは八千矛の大国主の奇魂くしみたま幸魂さきみたま。常世の国からやってきて、かの者の国づくりを助けた神ぞ。

 粟の神が八千矛の神を助けたというのは知っているが、それとはちがうのか。

 ちがう、ちがう。わたしは少彦名すくなびこなのようにちいさいが、常世に戻ってはおらぬ。ほれ、そなたの目の前におるではないか。

 では、なにゆえ出雲ではなく、ヤマトで祀られている?

 独楽こまの先のようなかたちのよい山があってのう。そこにいますのはここちよかろうと思い、移ったのじゃ。

 ……。

 のう、沼河よ。戸を開けてたも。八千矛の神のことを教えてやろう。

 わたしは戸に歩みより、かんぬきをはずした。内開きの扉を引いて開け、手燭を向けると、そこには、細身で白髪、柳の葉のような眉に切れ上がったまなじり、赤い瞳の、金の冠や玉の首飾りに耳飾り、貝の釧で着飾った大物主が立っていた。

 まあ。

 ふふ、と蛇の神は微笑む。

 このすがたを見せるのは初めてじゃのう。

 蛇のすがたと同様、その笑みには狡猾ないろが見えるが、わたしは微笑み返した。

 きらきらしく飾りたてても、身が負けることのないすがたというのは得だな。

 うむ? よし、入れてたも。わが身をとくと見せてやろう。

 洞窟のなかを案内し、板の組まれた床の、敷布の上に上げてやると、大物主はにこにこした。

 沼河、そなたはほんにうつくしい。灯りを消してもよいか? 燭がなくともそなたのからだは輝くのだろ。

 わたしはうなずく。すると、かれはふっと口をすぼめ、二股に分かれた舌を出して息を吹きかけた。手燭も、床の周りの灯台の灯りも、いちどに消える。

 わたしは身を横たえ、大物主の抱擁を受け入れる。互いの上衣を脱がせ、素肌の腕を見せると、かれはそこに口づけし、玉のような腕じゃ、と言う。

 なにを当たり前のことを。

 そう言って、わたしは腕をかれのものと差しかわし、かれの首の下に入れる。闇に沈んでいたかれの顔が、わたしの腕に照らされてぼんやりと光る。

 ここちよい光じゃ。

 かれの顔がやわらぎ、わたしはそれを見つめる。そのあいだに、かれはわたしの首の後ろに自分の腕を差し入れる。向かい合って横たわり、かれはわたしの唇に口づけを繰り返す。薄いかれの唇は乾いていて、くすぐったい。わたしはころころと笑う。

 ヤマトはこのごろ、まぶしうてな。

 まぶしい?

 蛇の神は目を閉じ、わたしの頬に自分の顔を寄せる。

 荒ぶる海の向こうから、あたらしく日の神が来たのじゃ。生日むすひという名の、男の神じゃ。そいつがお高くとまっておってのう。王に担がれてつんとすましておる。おかげで、ヤマトは昼は常につよい光を放ち、わたしのような古い神は目をしぱしぱさせておる。

 そうなのか……。

 だから、そなたのような、柔らかい光は慕わしい。

 かれはほそく目を開き、うっとりとわたしを見る。わたしはむずがゆくなり、かれをぎゅうっと抱きしめる。

 そうだ、八千矛の神のことを教えてくれ。

 床でほかの男の話をするのか!

 かれが叫ぶので、わたしは笑う。

 だって、おぬしがそう言ってわたしの戸を開けさせただろう。それとも、もう帰るか?

 かれは鼻頭に皺を寄せる。

 むう、そうであった。

 そう言って、かれはわたしにいろいろと教えた。わたしはそれをよく聞き、ついでにかれの愛撫を受け入れ、しまいにすべて忘れ、ともにこころよいことをなすと、かれを抱きしめて眠った。一番鶏が鳴く前に、かれは白い蛇に戻り、二股に分かれた舌先でわたしの鼻にかすかな口づけをし、暗闇のなかをしゅるしゅると去っていった。

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