二
わたしの勢いに驚いた蛇が、ぴゅっと消えてしまったので、わたしは乙姫と顔を見合わせた。そこに、乙姫の母――高志姫が現れ、悄然と、出雲から船団がやってきます、と言った。
ヤマトと折衝をしたのですが、乙姫の婿をヤマトから出すか、出雲から出すか、どちらかしか選択肢はないと言われました。ヤマトは荒ぶる海の向こうからやってきた船師を従えており、出雲は豊富な鉄の武器を持っています。どちらかを選ぶことはできないと伝えると、ヤマトからは乙姫の婿を出すから、出雲からは――……
わたしはさけんだ。
もしや。
高志姫はうなだれた。
神の婿を、神の姫にと。
あなや。八千矛の神が、わたしを呼ばいに来るのか。
はあ。左様です。
高志よ。なんとかならぬのか。
なんともなりませぬ。民草では大国主の神の妻にはなれませぬゆえ、交換もできませんので……。沼河さまはヤマトの神がお嫌いでしょう。
小蛇だのなんだのが代わりにわが
ですので……。
……。
八千矛の神は、たいへんな美丈夫で、出雲や近隣では評判だそうですよ。
しかし、
……
荒ぶる
さすがに舟を仕立ててまでは来ないのでは……。
わからぬぞ。
いとしい須勢理の命 群れ鳥のように わたしたちの一行が去れば 誘われていく鳥のように わたしが引き寄せられて行ってしまえば 泣きますまいと あなたはおっしゃるが 独り身の 一本しかないすすきのように うなじを垂れて あなたは泣くでしょう その嘆きの息は 朝の空にかかる霧のように 深く立つでしょう 若草のような いとしい妻よ
八千矛の 神の命や
八千矛の神の命、わが大国主さま あなたは男でいらっしゃるから
もちろん、わたしにも恋人のひとりやふたり、いや、五人くらいはいる。なにしろ玉のような美貌と衣を通すような輝く肢体、遠くから繰り返し打ち寄せる父上の歌を聴き、高みからやまびこを響かせる母上の歌を聴いて育ったので、歌の腕もなかなかのものだ。ちかくの山の神、川の神、泉の神などなど。高志の村の青人草の若者も、果敢にわたしの廬にやってきては、歌いかけて戸を開けてくれと懇願する。気が向けば開けてやり、歌が気に入らなかったり、評判が悪い神や人は拒む。多いときは、一晩に数人を相手にする。待ちかねて合唱を始める者さえいる。うるさくなってわたしが一喝すれば、そういった者たちは蜘蛛の子のように散っていく。
わたしは高志の国の女王。そうして男たちをさばいていたのだ。わたしのねぐらを侵す者はだれもいない。
しかし出雲の、八千矛の神はどうだろうか? 大国主、神々の盟主である
あの小蛇が言っていたように、このごろ力を付けた男の首長や神は、遠くへ行って妻問いをするという。ただ共寝の快楽や子孫をつくるためにそうしているのではない。行く先々の土地の首長や巫女である女たちの、財や権力を狙っているのだ。この高志の国であれば、わたしの産する玉を、その玉がもたらす威と財を――
戦をしかけ、血や骸を並べて迫るよりは、穏当なやり方と言えるだろう。しかし矢面に立つのは女たちだ。自分のからだと機知だけを頼りに、自分を奉じる民のためになるように振る舞わなければならない。わたしの廬、険しい母上のからだに穿たれた洞穴は堅固だが、青人草の妻屋など、草で壁や屋根をつくった、吹けば飛ぶような家だ。武装した男たち、しかも地元の権威が通用しない
うつくしい沼河よ、戸を開けてくれぬか。
暗い気持ちになったわたしの廬の戸を、ほとほとと叩く者がいる。
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