第3話 巨人と小人にて

俺の背負っていた荷物の中からは二人分の衣類と大量の金貨がでてきた。着替えと武器装備の破壊(俺は勿体ない魂から反対した)を済まして俺達は街道に向かって歩き出した。

そうそう、アノ・スミス=平口 綾乃だが本人の言質を得たのでこれからはアノと呼ぶことにする。まあ、今の名前で呼ぶのが一番ややこしくないからな。

「あんたに握らせてる金貨が当面の活動資金よ。失くしたらあんたもえらい目に遭うってこと忘れちゃダメよ」

そのえらい目に現在進行形で遭っていることを考えると笑えない。本来ならば今の時間、学友と共に卒業式をしている頃だったのに、こいつのせいで俺の人生はお先真っ暗だ。

「まだあんな訓練兵学校に未練持ってんの。馬鹿馬鹿しい」

「俺はお前に勝手に連れられてきた身分だ。未練がない方がおかしい」

今から帰っても懲役刑どころでは済まないだろう。脅されたとはいえ教官二十名を気絶させることに加担しているわけだし、教官は軍隊で言うとこの上官だ。つまりどっちにしろ極刑は避けられない。要するに俺はこのままトボトボとアノの後にくっついてくしか道はない。

「ところでお前はなんで訓練兵学校を抜け出そうなんて思ってたんだよ。エリートコースは用意されてたのに勿体ないじゃないか」

一生懸命訓練や勉強をしても学科一位も取れなかった俺からしてみればエリートコースを直進できる切符を持ってるなんて羨ましいとしか言いようがない。

「やっぱあんたは馬鹿ね。折角異世界に来たのに自由に歩き回れず王宮に引き篭ってハゲジジイ共を警護しなけりゃならないだなんてごめんだわ。私はもっと若いのが好みなのよ」

「でも近衛師団の兵士だったらどいつもこいつもイケメンの天才ばっかだろ?」

「あんたはやっぱりアホね」

すまんが本日、初めてアホと言われた。やっぱりって副詞は間違ってると思う。

「そんな顔面がちょっと良いぐらいのヒョロガリなんかに興味はないわ。もっと筋肉よ筋肉。ガチムチ同士がふんずほくれつしてないと私は萌えない」

そういやこいつ腐女子だったな。

「要するに折角軍隊だなんて男むさい空間にいるのに全然BL要素がないのよ。全く、校舎裏で男同士イチャつくとか熱いプロレス合戦の後にそのまま夜のプロレスに突入するとか一回ぐらいあってもいいと思うでしょ!」

「いや。男子代表としてそんなことは無いし無かったと断言しよう」

男同士付き合ってるなんて噂は聞いたことは無いな。何人かだけいる女の子はモテてる印象はあった。実はこれは訓練兵の性欲を正しい方向に向ける為の仕掛けだったのではないかと思う。お陰で道を踏み外さないで済んだ。

「規律と規則で縛られた軍隊だなんてあんたも楽しくないでしょう。私は自由が好きなの」

「じゃあそこらに小屋と畑を拵えてゆっくりまったり農業でもして生活するか」

「スローライフなんて楽しくないわ。スリルが足りないのよ」

いやいや。農家は全然楽じゃないだろ。全世界のお百姓さんに謝ってこい。

「とにかくバトルと冒険よ。なんでも逆境を乗り越えていって愛と友情は育まれるものだし、やっぱり『漢』って常に戦って己を鍛えるものじゃない」

ちょっと待て。その理屈で言うと俺がガチムチになってお前と愛を育む羽目になるのだが。

「やっぱりあんた馬鹿ね。ノンケカップルなんて吐いて捨てるほどいるし全く面白みを感じないわ。あっ、でも彼女持ちを寝とるって設定のお話も面白いかも。如何にピュアな男の子を腐らせられるか。滾るわ!」

聞いちゃいねえ。

「で。結局お前がやりたいことはなんなんだ?なんの為に俺を巻き込んでこんなとこまで来たか早急に教えてくれ」

「仕方ないから教えてやるわ」

仕方なしじゃなくとも教えてくれ。

「コホン。じゃあ言うわ」

わざわざ歩を止めて咳払いをするぐらいなんだから大層な理由なのだろう。だよな、でなければ怒るぞ。

「私のやりたいことは……」

ゴクリ。


「ガチムチの漢しかいない私の為の筋肉ハーレムを作ることよ!!」


一周回って呆れる。

「いや、お前が囲われてどうすんだよ!!いや、サッパリわからんね。俺は実家に帰らせていただきます」

しかし回れ右をした俺は襟を掴まれ停止を余儀なくされた。

「大丈夫、あんたは受けよ。男欲を我慢できない筋肉達の聖剣《エクスカリバー》に溺れなさい」

「お前が溺れろ。勝手に人の貞操を奪うな」

「なによ。ヒョロガリのネコはタチに貞操奪われてなんぼじゃない。まさかもう奪われたなんて言うんじゃないわよね」

「だから俺は魔法使いだっつーの」

「ふーん。そう」

蔑んだ目で見られる理由が分からん。全く分からん。

「そういえば魔術師って貞操観念大事だったわね。魔法使いってひょっとしてそういう意味だったのかもね」

知ってたまるか。

「まあそんなことはどうでもいいじゃない。目的は言ったし未練はなくなったでしょう。安心して私の奴隷として仕えるがいいわ」

「寝込みを襲ってやろうか。勿論命奪う方でな」

「この当大最強にして数百年に一度の逸材である私に勝てるなんて千年早いわ」

自分でそんなこと言うのは痛いな。

「あくまで事実を言ったまでよ。でないと童貞なんてすぐ女の子襲うじゃない。あんたの命を助けてやったのよ」

今すぐ全世界の童貞に謝ってこい。

「あっ、目的地が見えてきた」

俺の怒りは他所に、アノの指さす先には商人達の宿泊街として栄えるドリフ街が広がっていた。

「スゲー大きい街だなぁ」

「まあね。とても森林の中にある街とは思えないけど、これで驚くのはまだ早いわ。ドリフ街は地下洞窟を拡張した地下街と繋がってて、そこには腕のいいドワーフの職人達が集まっているの。ひとまずそこで武器と装備の調達をして、今後の進退を決める予定よ」

「仕方ない。そうするか」

先行きが怪しすぎるが、なんだかんだこういうのも悪くない気がしてきた。


「近くで見るとホントにデカい街だな」

「総人口は三千人。とても片田舎の街には見えないわよねぇ」

街に入った俺達は大通りを歩いていた。二車線分程ある車道(?)は馬車が途切れることなく走ってゆき、道の両側には露天商や八百屋等の小売店が連なっていた。

「こっからどこに行くんだよ。腹が減ったし、飯食いたい」

「近くに料理も出してくれる酒場があるらしいからそこに行きましょう。それでいい?」

「てっきり先に鍛冶屋に行くもんかと思ってた」

「あんたが腹減ったって言うから仕方なく先に食事にしようって言ってるの」

「自分がじゃなくて?」

アノは顔を赤らめて目線を逸らせていた。図星か。

「別に食べるだけじゃなくて、酒場ならパーティーメンバーの募集もできるから。とにかく後回しにする理由はないわ」

論破した気になってるようだが全くできていない。

こういった宿場町の酒場はゴロツキや自称冒険者が多く集まっている。そいつらを護衛として雇いたい商人達が募集をするのも酒場の役割のひとつだ。まあ、この女剣士の作ろうとしているただ戦いと危険しかないパーティーにノコノコと入ってくる酔狂な奴はいないと思うが。

「ものは試しよ。もし、来なかったら決闘なり誘拐なりなんなりして頭数を揃えるわ」

誘拐されるガチムチってどんなやつなんだか。

「あっ。あの子可愛いわね」

アノの指差す先にはドラゴンがいた。といっても肩にのるサイズのちっこいのだが。

「あの人は龍契士か」

龍契士とはドラゴン等の龍と契約を交わし、分けてもらった力で戦う職業のことである。ちなみにドラゴンを使役するののは龍喚士で別の職業である。

「私は魔導剣士だけど龍剣士も格好良さそうね」

魔導剣士は魔素が込められた剣を使う剣士、龍剣士は龍を封じ込めた剣を使う剣士。ただの剣士との違いは使う剣の種類だけであるが、それだけ性能の良い剣を使う為には持ち手の卓越した技術を必要とする。

「そんなに金はねえぞ。それに俺は魔装杖がないとまともな攻撃魔法は使えねぇ」

「だらしない。魔法なんか素手でもできるわ」

「できないから杖使ってんだよ」

「そういうもんなのね」

ああ。天才には到底理解できないだろう。

「ところであそこの酒場でいい?なんだかいい匂いがしてくるの」

いい匂いの出処の酒場からは鎧を纏った巨漢や少し高そうな服の肥えた商人やらが出たり入ったりしている。店の規模も大きそうだ。

「よし、あそこで飯を食おう」


「これでよし」

街の中央広場から少し離れたとこにある酒場「巨人と小人」に来た俺達はパーティー募集の紙を掲示板に貼った。

書いたのはアノ。言っても聞かないのは知ってるので敢えて口出しはしなかったが……

「やっぱ口出した方が良かったな」


『求。屈強な男子

狂戦士、剣士等近距離戦闘で活躍してくれる男性を求めています。我々のパーティーは冒険、戦闘、とにかく熱く燃えるバトルやヒヤヒヤするスリルを求めて活動しています。興味のある男性は連絡をください

アノ・スミス』


人権活動家が見たら卒倒するほど不平等な募集要項が出来上がっていた。並の企業なら炎上して一髪で潰れるぞ。

「募集かけてるのが女性なら問題ないんじゃない?それにこの世界で男女平等なんてほざくアホは見たことないわ。本質的平等なんて夢物語なのよ」

「まあ、お前がいいならそれでいいが」

俺はフィッシュアンドチップスをの魚の方を食べながら答える。

「それ美味しそうね」

無言でアノがポテトを一本盗っていく。

「誰もあげるなんて言ってない」

「私の金なんだから関係ない」

確かにこの金は俺の持ってきたものではないが……

「教官室から盗んできた」

「ふぁっ!?」

「教官共のへそくりの隠し場所は把握してたからね。不法に得てた金よ。盗んだってなんの罪もないわ」

よくやったな。

「結構大変だったけどやってよかったわ」


「おどれ自分が何やったんがわかっとんのかぁ!」


後ろから大声がした。

「借金返せんかったらどうなるんかわぁっとるやろぉ」

借金取りか。関わったら面倒くさそうだな。だが二人の借金取りの前に座ってるのは軽い鎧と帽子は纏っているもののどう見ても幼い女の子だった。可哀想に。

「なんで金が返せへんねんや」

「だから商会から護衛解雇されてボク、今無職やねん。今から仕事見つけるから待ってください」

「だから今やないとあかんのやわからんやつやの」

借金取りが繰り出したビンタが店中に響いた。辺りが水を打ったようにしんと静まりかえる。

ガタッ。

「ちょっとあの世間知らずに制裁をしてくる」

「いや待て待て待て」

しかし、時すでに遅し。アノは借金取りの前に行くとテーブルに置いていた水入りの瓶を借金取りAの頭に叩きつけた。

「何しやがるこのクソアマァ」

「ちっちゃい子に偉そうなこと言ってたアホに美少女が水をぶっかけただけですがなにか?」

「この女郎ぶっことされてえかぁ?あぁあ」

と、借金取りB。

「やれるもんならやってみなさい。私相手に三分持てば褒めてあげるわ」

「いや待てお前武器持ってないのにどうやって戦うんだ」

「てめぇもこいつの仲間か!?」

やばい。俺まで目をつけられた。

「心配するまでもないわ。やるもんならやってみなさい」

「おお、そうか」

言わんこっちゃない。両借金取りが武器を取り出す。一人はダガー、もう一人は小型の魔装杖。暗殺者アサシンのテンプレ武装だな。どれぐらいの腕かはわからないが、武器を持ってない分こちらの方が圧倒的不利だ。さてどうしたものか。

アノにアイコンタクトをとると微笑んでウインクをしてきやがった。わかった、やってやろう。

「負けたらお前が責任取れよ!!」

「こんなショボくれたおっさん共に不覚をとることなんてないわ」

「オラァ」

いよいよ頭に血が昇った二人組が揃ってアノに突進していく。成程、先に丸腰のうちに倒していくって戦法か。

「爆炎魔法!!」

「おう」

脳内で術式を展開、借金取りに向かって炎を放った。だが、杖を媒介にしてないので威力は分散してダメージを与えることは出来ない。

「うわっ」

しかし目くらまし程度の効果はあったらしい。二人組は生物的な本能で腕で顔を覆い、足を止めた。

「店員さんこれ借りるわよ」

炎に紛れて後ろに下がったアノの手には箒が収まっている。バキィっと音を立てて柄の部分と下の部分に分離された箒を構えたアノはダガーを持つ借金取りAに向かって走り出した。

「オラァ」

ダガーの刺突を大きく横に逸れて回避したアノは床を滑って箒の下の部分を借金取りBの顔面に投げつけた。

「あんたは離れてなさい」

そしてそのまま呆然としていた元凶の幼女を掴むとこっちに向かって放り投げてきた。

「おっふ。お前結構重いな」

「お兄さん、助けてくれてありがとう」

「まだ礼を言うには早そうだぞ」

刃物を持ってる敵にアノは善戦しているもののやはり武器がただの木の棒では致命傷を与えられない。それに耐久力もなからダガーを受けて相手を突いたり叩いたりしていてはいつ折れてもおかしくない。

「裏口から逃げよう。あいつは悪運が強いからきっと大丈夫だ」

なんとかアノがもちこたえている間にこいつを逃がさねば。だが現実はそう上手くは行かない。

「逃げるんじゃねぇ」

「しまった。そっちにひとり行ったわ」

伸びていたはずの借金取りBの方が杖を構え、血なまこになって突進してくる。

「おらあああ」

使われた魔法は土系魔法。裏口の前の床が吹っ飛び地面からニョキニョキと生えてきた土の塊がドアを塞いだ。

慌てて回避したが、闇雲に走ったのが悪かった。壁際に追い詰められてしまった。

「まずいな」

裏口が塞がれた以上、そこからの脱出は不可能。おそらく今の攻撃で相手の魔素はほぼなくなったと思うが、ナイフの一本でも持っていたら格闘しても確実に負ける。正面から脱出する場合、アノがAをどの程度抑え込めるかにかかっているが期待はできなさそうだ。

「すまないがなんかピンチになった。逃げれんかもしれんから腹括ってくれるとありがたい」

Bの方がフラフラとこっちに向かってくる。仕方ない。苦手だが格闘は避けられなさそうだ。

「お兄さんちょっと作戦があるんだけどええかな」

「なんだ?ここから脱出できる見込みがあるなら乗ってやる」

「さっきの魔法はもっかい使えるかい?」

魔素はまだ有り余ってるから何回かは確実に使えるが、近距離でも致命傷になるかは怪しい。

「ボクの武器が部屋の左にあるからそこまで行く時間が稼げればいい。多分こいつ一人なら倒せる」

「だからお兄さんは……」

耳元でこの幼女が囁いた作戦はかなり大胆なものだった。

しかし……。本当にできるのだろうな?

それよりも部屋の左隅を見たがこいつが使えそうなサイズの武器やそれが収まりそうなものもない。

「体で金返す覚悟はできたか。それと隣の野郎も後で絞めてやるからな」

「返す人が生きてたら返してあげるよ」

幼女が帽子を外してファイティングポーズをとる。なんとその頭の上にはモコモコとした耳が二つくっついていた。

「お前獣人だったのか」

「そうだよ。なにか文句でもあるかい?」

「いや。お前がなんであんなこと自信満々に言ってたのかわかったよ」

お陰で成功する自信がもてたさ。

「ギャーギャーうるせーな。とっとと黙らせてやんよ、アクアボーへぶっつ」

幼女が投げた帽子がBの目を直撃した。その隙に俺が右に幼女が左に逃げる。

「このくそ野郎、まてっ」

「お前の相手は俺だ。これでもくらえ!!」

Bに向けて爆炎を放つ。今回は威力を下げて長い間炎を出すようにしておいた。これで時間は稼げたはず。

「あとは頼んだ!!」

「任された」


幼女の手には剣、いや剣と呼ぶにはデカすぎる代物が収まっていた。

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