第2話 魔法使いのタクシー

さて、異世界召喚ではなく転生なら赤ん坊からやり直しっていうのは考えてみれば当たり前のことなのかもしれない。自分の記憶、知識に対して脳ミソの回転スピードが若干遅いことに戸惑いを感じつつも俺はつつがなく成長し、十二歳の時、晴れて王国軍の訓練兵になることが出来た。どうやら俺の生まれた異世界では(この場合寧ろ今までいた世界を異世界と呼称すべきかもしれないがややこしくなるので元いた世界を基準にここを異世界と呼ぶことにする)魔法や人智を超えた力が使えるらしく、特に生まれによる力量差はないため、誰でも鍛えれば強くなれるようだ。両親が流行り病で早く亡くなったこともあり、特に行く宛もなかった俺はそこでなんとか努力し、魔法を使いこなせるようになった。しかし、上には上がいるもんだ。専門職の俺がどう足掻いても勝てない程魔法を使える人間がひとりいた。

その名はアノ・スミス。剣技科きってのエースで歴代でも類を見ない逸材として有名だった。先輩どころか教官でさえ彼女に勝てるものはおらず、もちろん俺も勝てなかった。ただ、回復魔法だけは得意だったのでなんとか制限時間内は持ちこたえることはできたと俺の名誉の為に言っておこう。訓練兵課程卒業と共にエリートコースを突き進むご予定の彼女なんかに俺は全くなんの関係もないはず。だった。


俺は明日に控えた訓練兵課程の卒業式に向け、消灯より早い時間に床につくことにした。三年間辛いことも苦しいこともあったが、思い返せばとても楽しかった。特に初めて飛行魔法を使った時はすごかった。身ひとつで空を飛ぶ感覚はまるで鳥になったようで心地よかった。(大事なことなので言っておくが、この世界では空を飛ぶ箒はない。いつか開発してみたいものだ。)

ひとつひとつの思い出を振り返っているととても眠れるものでは無い。苦楽を共にしたルームメイトのみんなは既に寝息をたてているようだったが、それも無性に貴重なものに感じて俺はやはり寝ることができなかった。

ここを卒業すればまず、王国各地の駐屯地管轄の詰め所で勤務することになっている。詰め所の警備範囲は狭いが最初の一年は一ヶ月ごとに転属することになっているのでこの一年を使って平口を見つけ出し、そのあとは平口をどうにかして口説いて妻にでもしようかと思っていた。まあ、そうすればずっと手元に置いておけるから変な気を起こしたとしてもすぐに駆けつけられる。つつがなく人生を送らせれば俺が公務員やってる以上金に困ることも無く役目を終えることができるであろう。

今度こそ寝よう。そう思って寝返りをうった時、ふと窓から音が聞こえた。

コンコンとガラスを叩く音、俺は手元に置いてあった魔装杖をとって窓の方へ近づいた。するといきなり窓が割れて、マントに身を包んだ人間が侵入してきた。

「わわっ」

反射的に俺は攻撃魔法を撃ったが、そいつは短剣で軽々とその魔法を打ち消した。すかさず防御魔法を展開しようとするが間に合わない。死を覚悟した。だが、

「あんた確か模擬戦で私の攻撃に制限時間いっぱい耐えたことあったわよね」

と、俺の襟首を捕まえながらこいつは言った。

「答えなさい」

「きっ君が剣技科三年のアノ・スミスさんなら間違えない。確か二年次前期期末試験の第二時間目の時だ。覚えてるよ」

生命の危機を察知し、慌てて答えた。

「ふーん。やっぱりそうか」

そう言いながら彼女は俺の手を縄で縛っていた。

「あのー。何をされてるんですか?」

「ここから逃げるのよ」

は?意味がわからん。

「だーかーらー。ここから逃げるの」

「いやなんで?俺は逃げる必要性を感じない」

はーっと溜息をつきながら彼女は、

「訓練課程を卒業したらそっから先、逃げる奴は逃亡犯。極刑に値するわ。でも今日の二四○○まで、訓練兵の間なら逃走は脱落という形で認めて貰える。分かった?」

そう言いながら彼女は俺のルームメイトに縄をかけ、昏睡薬を嗅がせて回ってた。

「いや、それなら一人でやれよ俺を巻き込むな!」

しかし、彼女は二段ベットから飛び降りて俺を床に押し倒した。

「言うことを聞かなかったらここであなたの命を断つわよ。この距離じゃ剣士の私の方が断然有利だわ」

ひとまずは命を大切にしよう。

「分かった。それでどうする気だ」

「とりあえずこれ着てこれ持って」

彼女が取り出したのは身をすっぽり隠すマントと何かが詰まったバッグ。

「全部着替える暇はないからマントを着て服を隠すの。後は私に着いてきて」

「じゃあ縄を解いてくれってうわっ」

彼女は俺を窓から放り投げた。一応言っておくが訓練兵の寮は脱走防止の建前のため、建物の十階以上に構えられており、ここは十三階だ。

「これを使って体勢を建て直しなさい」

上から俺の魔装杖が降ってきた。杖をを引き寄せ地面スレスレで耐衝撃魔法と風魔法の術式を展開、それを地面に向かって撃ち、元の場所まで戻った。まあお決まりというかなんというか、そこでは事態を察知した教官達とアノが剣をぶつけ合い火花を散らしていた。

例え教官の数の方が多く使う武器の性能が上であってもアノは全く動じることなく一人一人確実に倒していった。峰打ちでカタをつけているため、多少の手加減はしているようだがざっと二十人はいた教官は一分も経たないうちに屋根の上で伸ばされた。

「四十秒で支度したわ。さあ行きましょう。私を飛行魔法でサポートしてちょうだい」

「ああわかった」

こうなったらもうどうにでも成りやがれ。俺はヤケクソになって彼女に杖先を向けた。風の加護と制御はこちらの魔素次第になるので補助魔法はあまり長い時間使えない。飛べたところで四キロがせいぜいだ。

「さあついてきて!!」

いきなり飛び出した彼女のあとをこれまたヤケクソになってついて行く。

「で、どうするんだ一体?もうここを脱走した以上、卒業はできない。冒険者認定のリストにも入れないから武器も入手できないぞ」

我が国で正規の方法を使って武力を持つ場合、軍隊に入るか冒険者資格と呼ばれる検定を受ける必要がある。しかし、訓練兵課程を脱走した我々は軍に戻ることもできないし、冒険者資格試験にはブラックリスト登録され受けることすらできなくなる。大概の訓練兵は十代前半の時間を軍事訓練に費やすことになるため、己の力以外生きる術を知らない。知ってたところで店や家を買う金もないし、俺のように身寄りがなければそれこそ日雇いの肉体労働でもするしかない。

「大丈夫。そこら辺は考えてあるわ」

「最初から俺も巻き込む気満々だったようで光栄だよ」

「ええそうね。私の隷下に入れることを光栄に思うがいいわ」

こいつに皮肉は通じないらしい。

「そろそろ訓練場の境界だな。どうする?結界の解除なんかできる気がしないぞ」

訓練場の境界には物理、魔法あらゆる攻撃を軽減する為の魔法結界が貼ってある。それも高級な魔道具を使った出力もダメージ軽減率も普通の比じゃないものだ。

「大丈夫。私の言う通りにすれば必ず抜けるわ」

残り距離二千。俺の魔素もちょっと心許なくなってきた。

「いい?あの結界は大掛かりな攻撃、一点より面に対しての攻撃を想定したものよ。つまり逆に考えれば一点に攻撃を集中させれば瞬間的に結界を破ることは可能だわ。貴方はここから私を落ちないように抱きしめて……あ。補助魔法は解除して構わないわ。それから目いっぱいスピードを上げて。私は剣の刺突で結界を破る。作戦は以上。理論上はできるから全力でやりなさい」

距離残り七百。考える暇はない。

「行くわよ」

「了解」

俺は補助魔法を解除し、そこにかけてた魔素を自分の飛行魔法の術式に流し込んだ。一気に倍の魔素を使ったことでスピードは倍増、アノの方は剣を構えて先端に力を込めている。鈍色に光る剣先から見て闇属性の力。属性がわからない結界に対して、闇属性はどれであっても均等に力が伝わる。

距離残り百。

「いっけぇぇぇぇぇ」

一段と速度を上げて、目をつぶった。まあ、破れなかったら衝突する羽目になるからな。例え物体でなくとも魔法結界は速いスピードで当たると痛い。

しかし痛みは感じられなかった。代わりにパリンという音と結界を抜けた時の特有な匂いがした。

「やったー。突破成功。さあ私に補助魔法をかけ直しなさい」

結界を破った副次効果としてそこから溢れ出た魔素を吸ったお陰で俺の体内魔素は限界まで溜まっていた。これなら二人分の飛行魔法を発動してても余裕で二十キロぐらいは飛べる。

「で、こっからどうする気だ?俺達はこれで正真正銘、本物の脱走兵に格下げされたんだぞ」

「いいえ。自由人になったのよ。寧ろ格上げじゃない」

「自由って裏っ返せば自分で全ての責任を追わなければならないとても重たいことってセンセーが言ってた」

「まあそうとも言うわね。それより進路を東北東に取り直して。ナビゲーションは私がするわ」

「東北東って異人種の住む森がなかったけ?」

異人種とは獣人、ドワーフ、半巨人等人間とは少し違う種族のことを言う。その中でもここから東北東に位置するカナムラ独立自然公園、通称タイタン大森林にはかつて国を滅ぼしかねない程の巨人族がいたとされる。しかし、人間から害として扱われることを嫌った当時の族長は巨人族の自治権を認める代わりに積極的に人間と交わり交易を盛んにしたという。そのおかげで純巨人族は絶滅したものの人間とのハーフである半巨人族が森で生活している。

「あそこの森ならそんなかったるい免許なんかなくても武器は調達できるわ。しかも商人が集う集会場もあるし、第二の人生を始めるにはちょうどいいと思わない?」

タイタン大森林の奥には国境があり、そこから山脈を超えると隣国が見えてくる。

「分かった。そこに飛ぶ。ただ、魔素が足りるかは運次第だよ。足りなかったらそこからは歩きだ」

「そこは男なら気合いで乗り切りなさい」

「体育会系のそういうノリ、俺は嫌いなんだよ。次言ったらここから叩き落とすぞ」

「誰に向かって言ってるのよ私は……」

何やら彼女は考え込んでいた。なにか不味いことでも言ったのか?と思っているといきなり彼女は胸倉を掴んできた。

「あんた、この世界で体育会系なんて言葉聞いたことはないわ。もしかしてあんた何?私のスパイか刺客かなにか?」

「辞めろバランスが崩れる」

飛行制御ができなくなり無茶苦茶なスピードで俺たちは大森林に向かって突っ込んでいった。

「「うわあああああああああああああ」」

ドン。という衝撃とともに脳内に浮かべていた飛行魔法の術式が崩壊し、俺達は地面に叩きつけられ、転がって止まった。

「イテテテテ。ってうわっ」

アノが俺に馬乗りになって剣先を顔に突きつけている。暗闇の中で月光を反射して光る剣はとても不気味だった。

「今すぐ話せ。返答次第ではただじゃ置けない」

「俺は多分お前と同じ転生者だ。なんか綺麗な女神様にここの世界に転生しろって言われてこの世界に来た。前世では地球って星で今と同じ人間やってた」

俺がそこまで言い切ったあとアノは剣を俺の顔面から除けて鞘にしまった。

「奇遇ね。私も同じよ。なんか高圧的な女神に転生決まったからどうのこうの言われてここに来た。多分あなたと同じ世界から来たわ。前世の名前は平口 綾乃」

ん?今俺の耳が狂ったのではなければ平口 綾乃という名前が聞こえたはずだ。

「何度言わす気?だから平口 綾乃よひょっとして貴方知り合いだったの」

「ああ。高校の漫研に一緒に入ってた。たまにメールとかしてたろ。お前の葬式にも行ったよ」

平口は手をパチンと叩いた。

「覚えてるわ。にしてもこんなに早く死ぬなんて運ないわねあんた。その様子じゃ三十路超えても童貞だったんじゃない?」

「生憎二十九の誕生日に死んだもんで前世では魔法使いになり損なったさ。でも、今本物の魔法使いやってる」


こんなに笑ったのは何年ぶりだろうかというほど笑った。腹筋が何回も何回も捩れた。

「あはははは。私と同じような人がこの世界にてしかも知り合いだったなんて面白いじゃない。あはははは」

いつの間にか日がでてきた。そろそろ朝なのだろうか。

「で今からどうするんだ」

「とりあえず着替えね。この服装じゃ目立つし……そうそう、武器も破壊しないと。何か変な仕掛けでもしてたら困るわ。日が完全に上がる頃には街につかないと。とっとと済ますわよ」

そう言ってアノは手をクロスさせて服を脱ごうとしたが、

「ちょっと待て」

「何よ。文句でもあるの」

「大いにあるね」

未だに俺はアノ馬乗りにされたままだった。

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