第1話 ちょっと異世界転生してくるわ
俺と、彼女こと平口 綾乃と出会ったのは高校の漫画同好会だった。別に俺はそこまでオタクではなかったし、平口もそこまで腐ってたという記憶はない。だが、同窓会を重ねるにつれ彼女の脳が次第に腐海に侵食されつつあることは知っていた。それまではたまにメールするぐらいの仲だったが次第に距離が開き、平口と二十五歳の時に会ったきり次に顔を合わせたのは俺が二十八歳になった頃、平口の葬式でだった。別にその歳になれば親しい人も何人か亡くしていたし社会に帰れなくなるほど落ち込んだわけでもなかった。半年経つ頃には昔馴染みと思い出として語れるぐらいの存在になっていた。
事態が変わったのは俺が二十九歳になった日、西暦二千何年かの八月一日。惜しくも平口(元世界)が死んだ日でもあった。
昼休みに会社を出て、外食でもしようかと思った俺は国道沿いを歩いていた。この歳まで嫁おろか彼女無し、三十路を間近に控えて己の誕生日を盛大に祝うのもどうかと考え、せめて昼ぐらいは贅沢をしようという結論に至った俺は少し高い店を目指した。周囲の人はあまりの暑さに痺れを切らしてるようでネクタイをダラダラに弛め、団扇をパタパタしている。そこに五月蝿い蝉の鳴き声が拍車をかけてうざったるさを増大させる。
まあこんな気候ならトラックのタイヤの一個や二個ぐらい余裕でパンクするだろう。気づいた時には俺は交差点で制御できなくなった大型トラックに轢かれていた。病院に運ばれるまでもなく即死。痛みはなかったと思う。そして意識がハッキリした時には俺は三途の川にいた。船を漕ぐ鬼達が今にも川に飛び込もうとしている人を必死になって押さえつけてたのがとても印象的だった。
まあ俺は地獄に落とされるような悪いことをした記憶もないので甘んじて閻魔大王に裁いてもらおうと思った。しかし、閻魔大王に謁見する直前に一人の鬼に呼び止められ別室に案内された。
「あーそこに座って」
そこに居たのは綺麗な女神様だった。おそらく仏教徒にとっては円もゆかりも無い。
「やっと来たわね。あなたのことを待っていたのよ」
「あの。まず貴方が何者なのか知らないのですが教えていただけないでしょうか」
しまったとばかりに女神様は自分の頭をコツンと叩きこちらに向き直した。
「私は……そうね、転生を司る神様かな。君が知ってるように魂は死んだら天国か地獄に行くかになるんだけど、実はもう一つ行先があってそれが転生。仏教徒なら輪廻転生って聞いたことあるでしょ」
「なんか魂は巡り巡るみたいなやつですかね」
詳しくは知らないが、概念はわかる。
「まーそんな感じよね。天国も地獄も受け入れは無限にできるけど、やっぱそれだけじゃ全世界、次元における無数の魂をできた先からゴミ箱に放り込む羽目になるからエコじゃないのよ。だから循環させる。新しい魂生み出すのも結構苦労なのよ」
どうやら俺たちの魂はアリやハエみたいに腐るほど沢山あるらしい。
「貴方がいた世界における昆虫の数なんか目じゃないぐらい沢山あるわよ」
しまった。考えてることは全部お見通しという訳か。
「まあ通常は転生が決まったらどの次元どの世界どの時間どの生物で生まれ変わるかはくじ引きで決めるんだけど、あなたの場合は特別。決まった世界に行ってもらうわ。多分魔法とか使える世界だから二度目の人生には面白いと思うよ」
「えーっと拒否権は……」
「私もあげたいところだけど無いわ。あなたにはどうしてもこの世界に行ってくれなきゃダメなの」
あっさり否定された。ところで俺がその世界に行かなければ行けない理由とはなんなのだろうか。特に前世…で悪いことをしたわけでもなく逆にすごくいい行いや何かを救った覚えはないのだが。
「平口 綾乃って人覚えているわよね」
「ああ。知ってます」
そうかあいつも死んだなら転生なりなんなりしてるはずだろう。
「そいつがね。今この世界を大きく揺がそうとしてるんだけど、ブレーキ役になりそうな人間はあなたしかいないっぽくて」
「いやいや。俺はこいつとそんなに仲良くもなんともなかったですよ。もっと適材がいるはずです」
しかし女神様はハーッと否定の意を込めた溜息をつきなされた。
「私もそう思うんだけど時間が無いの。この子がこれ以上暴れてくれると最悪、今の天界……あなたにおける死後の世界つまりここが盤上ごとひっくり返しされかねないことが起きるのよ」
「それはなんでですか」
「彼女がこの世界に転生したあと、その彼女が転生した時間より前に遡れなくなっているの」
「それはつまりどういうことですか?」
「我々は本来数多にあるどこの次元のどの世界のどの時間にも無制限に力を行使できる。要するに好き勝手になんでも出来るのよ。しかし、それがこの世界だけできなくなった。原因は多分彼女の前世の記憶、特に未練が我々の意図とは別に残ってしまったこと。つまりシステムにバグが起きたのよ」
そのバグ取りをやらないとシステム全体に多大な被害を起こすと、
「ま。そういう事ね。天界始まって以来初の出来事よ。とにかくやばいの。もし、それに彼女が気づいたら天界に攻め込んで来るかもしれない。我々神々は強いけど、その強さはあなた方の知ってるゲームで例えると相手のHPをコマンドで弄ってゼロにするようなものよ。彼女にそれが効かない以上まあどうなるかはわかるでしょう」
チーターはプレイヤーの技術ではなく不正なプログラムが使えるので強いだけであってそこからプログラムを取り上げれば一気に弱体化するのは必然だ。
「この天界が壊滅すれば魂は行き先を失う。それはこのシステム全体、我々が宇宙と呼んでるそれは消えてなくなる。そのあとはどうなるかは知らない」
「とにかく大変なことは分かりました。それで俺はその世界に行って平口を殺せばいいんですか?それとも手足を縛って監禁しろとでも?」
「まさか。そんなことしても根本的な解決にはならないわ。一度作った魂は地獄の下にある大地獄でないと消すことはできない。でも大地獄に行かせるためにはそれこそ天界を揺るがすほどの大罪を犯す必要があるんだけど、彼女が天界揺るがすとそれどころの話じゃなくなるからね」
「ではどうしろと」
女神様は座ってる椅子から立ち上がるとどこからか出てきた紙を俺に突き出しながらこう言った。
「彼女がそんなこと考えつかないように別のこと、つまり楽しいことでも考えさせて何事もなく人生終わらせられるように仕向けて頂戴。街中でカフェでも開いてスローライフを送らすといいわ」
スローライフか。
俺は異世界物と呼ばれる小説を好んでいない。何故なら俺TUEEEEならちょっと話は違うが、スローライフだとニートのようなダラけた生活を送る話ばかりでとても面白いとは言えない。読み手の俺がそう思うのだから実際やった場合それがどれだけくだらなく感じるかは火を見るより明らかだ。要するに仮に平口を見つけてどうにかスローライフっぽいシチュエーションに持ち込んだとしても俺が耐えれない。
「まあそんなことはいいから今すぐ転生してもらうわ」
女神様がパチンと指を鳴らすと俺の足元に金色の魔法陣が浮かび俺を包んでいった。
「ちょっと待って。今の俺の脳内の声聞いてなかったの?」
「知らないわ。あ、そうだ。転生しても今まで持ってる記憶は引き継がれるようにしてあげるわ。それとここで見聞きした喋っちゃ不味いことは口から出ないようにストッパーかけてあげる。せいぜい頑張りなさい」
「えちょっと待ってって」
俺が言いかけた最中にも関わらず転生はつつがなく行われたようだ。
「おぎゃーおぎゃー」
気づいたら俺は赤ん坊に戻ってたばぶ。おぎゃー。
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