序章

ドゴーン。

一人の女剣士の斬撃が獲物の体ごと地面を吹っ飛ばす。とても人間業とは思わない一撃をまともに食らった巨大蜘蛛は体勢を崩し地面に叩きつけられた。

「今だ。野郎共やっちまえ!」

「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」

女剣士の掛け声のあとに続いて愚鈍な質量武器を持った半巨人族のガチムチ共が一斉に蜘蛛に雪崩かける。ここまでオーバーキルされる巨大蜘蛛に同情したくなるが、既に蜘蛛はぺしゃんこにされて事切れたらしい。

「野郎共。我々の勝利だ」

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」

雄叫びをあげる戦士ガチムチを見ていると暑苦しくなってくるのは道理だと思うのだが、そいつらを率いる女剣士は抱擁し涙し勝利の喜びを仲間と分かち合う戦士ガチムチ達をどこからか取り出したスケッチブックにハアハア言いながら模写してた。

「いつにも増して興奮してるな。あいつ」

「そうですね。流石の私もここに混ざるのはちょっと……」

いかにも細マッチョなイケメンが横から話しかけてきた。

「まあ、たまにはこういうのもええんちゃう?ボクは楽しそうな団長好きよ」

幼い体躯に高い声。一見可愛い幼女に見える『男の娘』が混ざってくる。

「お前らァ。俺がこの戦鎚でトドメをさしたんだぞ!」

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、族長!!族長!!族長!!」」

他の男達より多く上半身に筋肉つけた半巨人が蜘蛛の頭の上からガチムチの群れにダイブする。そしてお決まりのように族長とやらの体は二、三度宙を舞った。

「あんた達もぼさっとしてないで混ざってくる!ほら」

「ええ、ってうわぁ」

いつの間にかスケッチブックを片手に抱えた先程の女剣士がこちらに来て、穢れを知らない二人の真っ当な男を筋肉の巣へ放り込んだ。

「ほら!!あんたも」

「いや。俺みたいなガリガリが突っ込んだら死ぬ。マジで」

「知らないわ。そんなんだからあんたはずっと魔法使いのままなの。どうせ怪我しても回復は自分でできるでしょ?」

確かに俺の職業は魔法使いだし回復魔法は専門だが、痛みが消せるわけでもないので嫌だ。

「つーかお前らがこんな高位生物に無理やり突っ込んでいってバタバタ倒れるお陰で裏から回復魔法撃ちまくる羽目になったじゃないか。もう俺の体内魔素はゼロだ。勘弁してくれ」

「知ったこっちゃないわ。ほらっ」

「うわっ」

超人並の腕力によって投げ出された俺はガチムチの群れにミサイルが如く突っ込み汗臭い戦士ガチムチに揉みくちゃにされる。

狂戦士バーサーカーしかいない戦闘集団、通称『筋肉団』。普通前衛、後衛、回復役を均等に振り分けるのはパーティーの基本。にも関わらず接近戦、いや肉弾戦に特化し過ぎた我が団においてそんな理屈は通用しない。最強、いや最凶の女剣士率いる筋肉達によるゴリ押して戦うのが筋肉団の流儀であり、ダメージなど気合いで乗り切れという精神論の元いつも回復役は俺だけ……

愚痴はこれくらいにしておこう。

さて、晴れて異世界転生とやらをした俺だが結論から言うと全く楽しくない。チートなんざ存在しないし、どんな世界だってニート並の生活で生計が立てられるほど優しい経済システムは持ち合わせてない。厳密に言えば無いわけではないが少なくとも俺が飛ばされた世界はそうではなかった。でも、鉄筋コンクリートとアスファルトにまみれた都会より、大森林で馬鹿でかい猛獣と戯れる方が肺にも目にもよかろう。しかし、俺の場合はそうもいかない。何故かって?しょうもない腐った大荷物がくっついてるからだ。彼女は若干十五歳にして王の警護を担う近衛師団の騎士に推薦され、もしそのまま騎士になっていればその剣技で地位も栄誉も金も欲しいままにすることだってできただろう。だが、あろうことかそやつは俺を連れて王国軍を抜け出しやがった。しかも理由は「軍には男しかいないのにBL要素が足りない」からだそうだ。馬鹿にも程がある。脳みそおろか骨髄神経に至るまで腐ってる。

つまり、彼女は俗に言う腐女子と言う奴だ。それではこれから暫く、どうして俺が異世界に飛ばされたか、どうしてこんな奴と一緒に異世界で無駄に多い筋肉を引き連れてハッスルしなければならなくなったのか、存分に語らしてもらおう。


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