第68話「伝承」
炎怒と晴翔は立ヶ原に戻り、自転車を走らせて一〇分程、図書館に着いた。
閉館時間に近づいていることもあり、新聞や雑誌のコーナー以外は閑散としている。
炎怒は郷土史のコーナーをまっすぐ目指す。
古地図や郷土史、喜手門一帯の伝承に関する本を数冊手に取ると着席して読み漁っていく。
かなり熱心に読んでいる。
晴翔もそれに付き合っていたが、そもそも興味がなかったこと。
すぐに飽きてしまった。
元々、それほど図書館を利用する方ではなかった。
物書きを目指しているのに、「えっ?」と思われるかもしれないが、資料探しで訪れることもない。
ジャンルが違うのだ。
ここに求めている資料はない。
ファンタジー物の設定を考える資料が必要になったら、商店街にあるような大きな書店で探すしかない。
だから暇だった。
歴史物でも推理物でもいいから小説コーナーに行きたいが、身体がここで調べ物の真っ最中なので大人しくしているしかない。
それから三〇分経過し、資料から顔を上げた炎怒が呟いた。
「そういうことだったのか」
暇すぎて出来事に飢えていた晴翔はすぐに反応する。
「何かわかった?」
喜手門市にやってきて七日目、炎怒はようやく理解できた。
なぜレットウがこの街にやってきたのかを。
兜置山は旧名を
そこで麓の村が祈祷や祭りで鎮めていた。
だが、ある時、他の村々が鬼たちの襲撃を受けた。
鬼たちは麓の村の方向からやってきた。
以来、その村は鬼が出てくる村、
その後も鬼の襲撃は続き、人々は鬼に生贄を捧げることで存続を許されるという有様だった。
炎怒にはわかる。
あの山は悪魔達がこの世に出てくるための〈門〉なのだ。
伝承によれば鬼たちは昔からいたわけではなく、山を開墾してから出没するようになったという。
きっと〈門〉を閉ざしていた何かをその開墾で壊してしまったのだ。
開いてしまった門から鬼、つまり悪魔達の侵入を許した。
あいつらが祈祷や祭りで納得するはずがない。
おそらくあっという間にその村は乗っ取られ、鬼出門村となった。
そして橋頭堡を手に入れた悪魔達が、更に周辺の村々へ侵攻を繰り広げた。
これから喜手門市周辺に起きようとしていることがかつて起きていたのだ。
しかし悪魔たちの侵略は終わりを迎える。
現在の湯野木でも生贄を捧げていたのだが、ある日、一人の侍がどこからともなく現れて鬼退治を引き受けたからだ。
侍は鎧兜に身を固め、まずは鬼出門村に屯する鬼たちを弓矢で討ち取った。
侍の弓から放たれた矢はどこまでも鬼達を追いかけたと記されている。
その勢いのまま山に入り、鬼の姿を見つけては矢を見舞う。
やがて鬼の大将が出てくると刀を抜き、激しい戦いの末に討ち取った——とある。
……この侍は〈使い〉だ。
鉄の武器でこの鬼たちを退治するのは無理だ。
どこまでも鬼を追いかける矢、鬼の大将を討ち取る刀。
つまり霊弓と霊刀だ。
伝承には続きがある。
侍は鬼たちが戻ってこないように、と山頂に自分の兜を埋めてから下山し、鬼出門村には太刀を埋めた。
それから最初に訪れた村に鬼退治の弓を奉納し、いずこかへと去った。
やがて百鬼山は兜置山、鬼出門村は
現在、太刀ヶ原村は現在の立ヶ原町、弓ノ木村は湯野木町になった。
鬼出門は喜手門と変更され、市名として残った。
また別の資料によればこの侍が弓ノ木村を去った後、現在の大袖市辺りで逃げた鬼の残党狩りを行い、鎧の大袖を埋めたという伝説もあるらしい。
読み終えた炎怒は晴翔の方を振り返る。
「おまえ、よくこんな山で首を吊ろうと思ったな」
「いや、知らなかったし……」
この一帯は門に近かったため、昔から影響を受けやすい土地だったのだ。
だから人々は無意識の内に〈門〉の字を地名に含めていた。
ここは〈門〉だから油断してはならない、と。
悪魔レットウの目的はこの伝承を現代に再現することだろう。
商店街での事件、荒れている学校、弘原海家。
取り憑きやすくなるように狂わされていく人たち。
門を完全に開放して昔のように喜手門市全域を乗っ取る。
それが今回、魔界側が立てた計画だろう。
炎怒はついに魔界側の企みを掴んだ。
あとは憑代が誰なのかだ。
これが最も厄介な謎なのだが……
容疑者は二人。
しかし、そんなことはあり得ない。
悪魔一人に主たる憑代は一人。
中岡と光原の間を行き来していることも考えたが、悪魔の消耗が激しすぎるだろう。
そんなことをやっていたら喜手門市制圧どころではない。
また同じ悪魔の一時的な憑代ということで、二人は双子のように行いが似てくるものだ。
それが、絆どころか絶交している。
もはや連携どころではない。
その謎はまた後で考えることにした。
図書館がそろそろ閉館時間を迎えようとしていたのだ。
用が済んだ二人は帰宅することにした。
利用者駐輪場から自転車を出し、公道に出た時だった。
炎怒が空に何か浮かんでいるのを見つけた。
それは空撮用のドローンだった。
成人男性二人が飛ばして風景を撮影しているようだ。
その様子を炎怒は固まったまま眺めている。
隣で晴翔がドローンの説明を始めた。
本当は記憶を共有しているのだから必要ないのかもしれないが。
人間の代わりにドローンがその場所まで飛んで行って撮影する。
あの二人はおそらく映像制作会社の人たちで、後ろの人が操縦している人にどこを撮影するか指示している。
「あの操縦している奴がボタンを押すと攻撃もできるのか?」
「それは軍用ドローンだね。あれは民間用で武器が付いてないから無理だよ」
「軍用ドローンならできるのか?」
なぜそんなに攻撃に拘るのか?
意図を理解できない晴翔は戸惑ったが、正直に「うん」と答えた。
「そういうことだったのか」
光原の黒靄、霊気が映らない中岡、竹光、ただの石だった塚……
すべて繋がった。
だが、晴翔には何のことかわからない。
理解が追いつかず、キョトンとしている。
炎怒は一言「帰ろう」と告げ、ペダルを踏み込んだ。
やっとわかった。
レットウの主たる憑代は誰なのかを。
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