第27話「色」
駐輪場は商店街の端にあるので、通り中央にある立ヶ原駅までは少し歩かなければならない。
この世ならざる者たちの喧嘩で、晴翔一人のときよりも時間がかかった。
朝の商店街を駅に向かって軽く走る。
改札を抜けるとホームには制服姿とスーツ姿の人々でいっぱいだった。
ホームでみんな、スマホを眺めたり、音楽を聴いたり、思い思いの朝を過ごしながら電車を待っている。
いまの晴翔はそんな彼らのことが少し怖かった。
土曜日の夜までは別になんとも思わなかったが、この中にいるかもしれないのだ。
炎怒の探す悪魔が……
こんなに大勢いるのだ。
きっといま霊査で大忙しなんだろうな、と後ろから様子を伺う。
炎怒はスマホを眺めていた。
忙しそうに指を動かしているので何をしているんだろうと覗き込むと、ゲームアプリだった。
(そういえば、なるべく僕らしく振舞うと言っていたっけ)
確かに、まとまった時間があったらネタノートを開いていたが、少ない空き時間のときはこうしてプレイしていた。
そこまでそっくりに再現しなきゃいけないんだな、と感心していると、一日一回無料で回せるガチャをやりだした。
結果は、「N」と書いてあった。ノーマルという奴だ。
一回しかできないので滅多にレア以上は当たらない。
やり始めの頃はドキドキしながら回していたが、長くやっているうちにどういうものかわかってきていた。
いつからか、期待も落胆もなく、日課のように惰性で回していた。
だが、彼は初めてこういうものをやったのだろう。
炎怒は心の中で、
(ちっ……)
と、舌打ちしていた。
(まあまあ、一日一回の無料ガチャだから、熱くなっちゃだめだよ)
と初心者を慰めた晴翔だったが、あることに気がついた。
僕に見せかけるためなら、「ちっ」と発声するべきだったんじゃないか?
なぜ心の中で?
……普通に遊んでるだけ?
その通りだった。別に見せかけでもなんでもない。
純粋に人のスマホでゲームをしているだけだった。
(あの……炎怒?)
(なんだ?)
(人間が沢山いるね)
(そうだな)
返事は返ってくるが、熱中していて、激しく指が動き続けている。
(それ、楽しい?)
(ああ、面白いぞ。このゲーム)
(うん。僕も面白かったよ。それ)
察しの悪い半鬼だ。続きを言わなきゃならないのか……
(……霊査しないの? 人いっぱいいるけど……)
(ああ、やらないぞ)
意外な答えだった。
お目当ての本命がいるかもしれないのでは、と続けて尋ねたが、それでもやらないという。
こんなに人が密集しているところでは様々な霊気が入り乱れてしまい、どれが誰のものか特定できない。
中にはどす黒い気を発してる人間も混じっているから、仮に本命がいたとしても見分けがつかない。
だから霊査しない。
決してゲームに嵌ってサボっているわけではない。
と、画面を連続でタップしながら説明してくれた。
(まあ、いいや。炎怒がそれでいいなら、僕は別に……)
良くなければ久路乃が黙っていないだろうし、口出しすることではないな、と納得することにした。
炎怒はゲームに忙しいので手伝うことがない。
することがない晴翔は何気なく、見慣れた乗客たちを見た。
同じ時間帯に電車に乗る人たちなので、知っている顔がいくつもある。
その顔を見ていたときに色がついているのに気がつく。
顔だけでなく、全身がその色の空気に包まれている。
(なんだ?)
隣に並んでいる人を見ると違う色が——
これが炎怒の言う霊気というものだった。
霊になったのは一昨日からなのだが、昨日まで見えなかった。
いま、炎怒から知り、意識するようになった結果、晴翔にも見えるようになったのだ。
そうなって炎怒の言っていることが理解できた。
色、形、大きさ、すべてバラバラな霊気。
ホーム上は色の氾濫だった。
これではすぐ近くの人以外、わからない。
いや、それも隣の人の霊気が重なっているのかもしれない。
ようやく炎怒の話を本当に納得できた。
色、色、色……
見ていると酔いそうになってきた。
一緒に炎怒のゲームを見ていようかと視線を下ろすと、スピーカーからけたたましい音楽が鳴った。
「まもなく、二番線に下り列車が参ります。黄色い線までお下がりください」
こちら側だった。
学校の最寄駅までその電車に乗っていく。
(炎怒、朝は本当にすぐ来るから、一旦しまったほうがいいよ)
(わかってる)
切りが悪かったようで焦っているようだった。
その焦りをさらに煽るように喜手門線下り列車がホームに滑り込んできた。
(炎怒! 乗り降りでものすごく揉みくちゃにされるから、絶対落とすって!)
(おまえは初恵さんか!)
まるで久路乃とのやり取りのようだったが、なんとかドアが開く前、切りが良いところで終わってくれた。
立ヶ原駅は乗り換えがあるので乗り降りが激しいのだ。
いくら炎怒でもあの人の波を回避するのは無理だろう。
波が押し寄せる前にしまってくれたのでホッとした。
ホームの人混みが左右に分かれていき、ドア横に並んで開くのを待つ。
そのときだった。
晴翔は混雑する車両内の一部、その天井付近に黒い靄がかかっているのを見つけた。
(炎怒、あれ……)
(面倒臭いから気がついていない振りをしろ)
慌てて黒靄から視線を正面に向ける。
なんで? とは尋ねない。
まだまだ自分たち人間にはわからないことがいっぱいあるのだ。
理解できなくても霊的なことについては、炎怒や久路乃の指示に従っておいたほうが良い。
晴翔がこの二日間で学んだことだった。
扉が開くと電車から人の波が押し寄せ、その後は引き潮のようにホームから電車に向かっていく波が炎怒を車内に押し流していった。
濁流に呑まれながらも僅かな隙間を縫うように進み、黒靄からなるべく遠ざかった。
これ以上乗り込めないほど人が詰め込まれたとき、やっと濁流が止まった。
ちょうど目の前に空いている吊り革がひとつ。
手を伸ばして掴まる。
自分の身体が揉みくちゃにされているのを見ると、なんだか霊体になっているいまの自分まで一緒に揉みくちゃにされている気分だった。
電車が動きだし、ひとまず落ち着く。
景色が流れ、電車は立ヶ原駅を出て、街の中に走り出た。
その移り変わりを炎怒と一緒に眺めていた晴翔だったが、やはりさっきの黒靄が気になる。
見るなと言われたが、横目でチラッと見てしまった。
靄は同じ場所に漂っている。
(一体何なんだろう? 炎怒が面倒臭いっていう位だから、やばいものなのか?)
そんなことを考えながら見ていると、天井付近に漂っていたのが突然、乗客目掛けてシュッと吸い込まれていった。
(あっ!)
つい声が出てしまった。
炎怒にしか聞こえない声ではあるが……
(ごめん、見るなって言われたけど、つい……)
(もう見ても構わないぞ)
言っていることが真逆に変わっていた。
もう構わない、というなら質問しても良いだろう——
晴翔はあれが何なのか尋ねた。
(あれは、悪霊だよ——)
炎怒がそう答えた直後、黒靄が吸い込まれた辺りから女性の高い声が上がった。
「やめてください!」
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