第23話「霊査」
商店街にやってきた炎怒と晴翔。
昨日、落ち武者達に混ざって悪魔もここにいた。
そこで商店街を霊査することにしたのだった。
異変は晴翔が先に見つけた。
通りの真ん中に白い線で何かがいくつも。
日曜日の朝から子供が道路に落書き?
ここからでは一体何の落書きなのかわからない。
子供のものではない、何かもっと生々しいものを感じる。
もっと近づいてよく確認してみることにした。
——!
それは子供の落書きではなかった。
人間の輪郭をなぞったものだ。
見れば、頭部の辺りに赤黒い染みがある。
輪郭の周囲には大小様々な白い円が描かれ、同じくそれぞれの中心は赤黒かった。
「……事件現場?」
晴翔が呟く。
ここで何かあったようだ。
周囲にお巡りさんの姿はない。
おそらく深夜から早朝に事件が起きて、すでに現場検証が済んでいるのだろう。
輪郭を凝視していた炎怒は、近くの街灯に何かが立て掛けられているのに気づく。
見に行ってみると警察の立て看板だった。
昨日深夜、ここで傷害致死事件があった。
立て看板は事件の情報提供を求むという内容で、最後に喜手門市警察署の連絡先が書いてあるものだった。
これだけではよくわからない。
ポケットからスマホを取り出してどんな事件だったのか確認する。
「立ヶ原」、「事件」と検索しただけですぐに色々見つかった。
朝のニュースにもなっていたようだったが、厳格な弘原海家では朝のテレビは禁止だったので、ここに来るまで知らなかった。
厳格すぎるのも考えものである。
「駅前商店街で男性死亡」
「深夜の凶行! 喜手門市立ヶ原」
だいたいこんなタイトルの記事が目に止まったので、いくつか見てみた。
深夜に若者数人と中年男性一人が喧嘩になったらしい。
深夜営業の店員よれば、中年は呂律が回っていなかったというから、酔っていたのだろう。
早朝に近い深夜だったことが災いし、誰も仲裁に入らず、通報されることもなく、中年が袋叩きになった。
早朝、事業ゴミを回収にきた作業員が、さっきの白い輪郭のところで冷たくなっているのを発見して通報。
病院に運ばれたが、死亡が確認された。
現在、事件現場から立ち去った若者たちの行方を捜索中——
あとは通行人の事件への感想とか、「いま、若者に異変が起きている!」という批判の記事とか……
事件の概要がわかったので、スマホをしまった。
縄張りに向かって降下してくる炎怒を追い払おうと気が立っていたはず。
その怒気が商店街に満ち、血の気の多い者や酔って理性が低下している者が影響を受けてしまった。
「落ち武者たちの影響だろうな」
炎怒はそう分析した。
おそらく久路乃も同意見だと思うが、今回の悪魔——
とにかく用心深いようだ。
降下中に気づいたが、悪魔が撃ってきた矢は落ち武者たちのものと同じだった。
もしかすると悪魔が落ち武者の矢を使っていたのではなく、落ち武者の一人を支配して撃たせていたのかもしれない。
だとすると、悪魔の痕跡は何も残っていないだろう。
炎怒と落ち武者たちだけの単なる縄張り争いだったのだから。
念の為、その一帯を霊査——
やはり落ち武者たちの痕跡しか見つからない。
だが、影響を及ぼすどころか、事件を起こしていたのだということがわかった。
〈ここ〉にいる連中は敵同士でずっと戦っている。
昨日の炎怒のように侵入者が現れたときは共闘するが、いなくなれば戦が再開する。
互いに霊同士なので斬られても痛みはないが、相手を斬った感触もない永遠の斬り合い……
手応えがほしい。
だから使えそうな肉体を見つけると感触を味わうために憑依するのだ。
おそらく今回の事件はそういうことだ。
「加害者も被害者も身体を使われたな」
しかしそれは霊的な側面の話。
人間界では素行が悪い若者たちと酔って気が大きくなった中年の喧嘩。
最終的に袋叩きにすると決めて実行した若者たちが、その死に対して責任を負うべきだ。
地縛霊の干渉による現地人同士の争い。
悪魔の痕跡なし。
それがこの事件に対する炎怒の結論だった。
午前一〇時四〇分——
事件の検証に、思ったより時間がかかってしまった。
人が集まるところは様々な思念が混ざり合っているので事件に関係ある思念、痕跡だけを分離して霊査するのが面倒だった。
時間はかかったが、ここで見るべきものは見た。
他に見るものがない炎怒は事件現場を離れることにする。
もう一箇所見に行きたい場所があるのだ。
そこは——
降下時、久路乃が最初に撃ち返した場所。
命中しなかったからその後の撃ち合いになったのだが、ここよりは痕跡が残っていそうだった。
直接撃ってきた痕跡や、支配していた落ち武者を側で指示していた痕跡があるかもしれない。
ビルの間の細い路地を抜けた先、狭い空き地から最初の矢は飛んできた。
空中でよく見ていたので場所は覚えている。
ここからそれほど遠くない。
炎怒は人も店々も活動し始めた商店街を行く。
午前一〇時五〇分——
徐々に人通りが増える中を縫うように歩いていくと、目指すビルに辿り着いた。
このビルの横の路地だ。
回り込むとその路地はあった。上から見た通りだ。
人一人やっと通れる狭い路地を抜けると空き地があった。
昨日、この空き地に悪魔がいたのか。
痕跡を見つけるために炎怒はすぐに霊査を開始した。
晴翔もひまなので何か手伝おうと思うのだが、残念ながら、ただの空き地にしか見えない。
仕方なく、言われている通りにする。
大人しく炎怒の近くに立っていることだ。
手がかりが見つかったかどうかは、炎怒の様子から窺い知るしかないのだが、どうやらダメだったらしい。
悪魔はここに来ていなかったようだ。
おそらく別の場所で指示を受けた落ち武者だけが来て、炎怒を狙ったのだ。
「久路乃、おまえの矢の痕跡しかないな」
炎怒が見るとこの〈場〉に残る痕跡が記録映像のように、ここで何があったか再現してくれる。
炎怒を狙った落ち武者はここで久路乃の矢に射抜かれて蒸発した。
相手は本命の悪魔ではなかったが命中はしていたのだった。
「さすがは腐っても天使の端くれ」
「はぁっ!?」
そんな褒め方をするからまた久路乃と炎怒の喧嘩が勃発する。
「二人ともやめなよ……」
またかと晴翔は呆れる。
半鬼と天使の喧嘩を初めて知ったときには驚いたが、割と簡単に始まるのだと学んだ。
どうせ念話の喧嘩だから誰にも聞こえない。
恥ずかしくはないのだが、これでは何のために静かに同行しているのかわからない。
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、喧嘩を止める役になりつつあった。
晴翔のおかげで喧嘩が終わって霊査を再開。
詳細に空き地を調べるが、気になることはない。
(かなり用心深い奴のようだし、そう簡単にはいかないか……)
日曜日の朝からやってきたのに空振りだった。
だが、悪魔につながる痕跡が残っていない、ということを確認できた。
だから無駄ではない。
炎怒の任務はこういう地味な作業の繰り返しなのだ。
もう商店街に関心のあるポイントはない。
他の場所へ移動しようと通路を戻っていたときだった。
突然、久路乃が警告を発した。
「敵反応接近。数一つ。距離三〇から二〇メートル。波動から霊ではなく人間、一〇代後半の男性と推測」
すぐ背後にいるので晴翔にも聞こえた。
「敵って……え? え?」
「落ち着け。晴翔」
ここは袋地になっている。
逃げるにしてもこの通路を通るしかない。
しかし距離が近い。いま通りに出て行っても鉢合わせになってしまうだろう。
それにしても……
何の用があってこんな雑居ビルに囲まれた袋地に?
しかもこちらに敵意を抱いている人間。
悪魔とその憑代?
(用心深いと思っていたら、案外、せっかちな奴だったな)
炎怒はそう認識を改め、空き地で待ち構えるのだった。
悪魔に身体を貸す一〇代後半の少年とはどんな人物だろうか。
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