第13話 英雄

 なんなんだあいつ……。いくら剣を打ちこんでも傷一つつけられない。むしろ、こっちの攻撃を見切っているかのように軽々と避けている。

 しかも彼には油断も隙もない。彼の眼はずっとこちらを捉えていて、とてもではないが攻撃をするなどという行為は無謀と言っていい。

「なぜ、それほどの強さを持っていながら私の攻撃を躱すだけなんだ?」

 彼にその言葉が聞こえてるのだろうかすら怪しいほどに彼の表情は変わらないが、少なくとも相手も何か動きをすれば隙が出来るとわかって何もしないのだろう。

こんな膠着状態はできれば早く脱却したいところなのだが……。

「まだ魔法は撃ってこないのか?」

 彼の口から放たれた言葉は質問を無視して全く予想していないものだった。

そもそも、なぜ私に魔力があるということがわかったのだろうか。今は撃てない、できるだけ秘めていたかった魔力を。

「私は剣士だ。魔法を使うなどという卑怯なことは卑怯な相手にするものじゃないのか?」

「やっぱり龍族っていうのは不思議なものだな」

彼はそう言うと、次の瞬間には私の目の前に現れていた。

「こういうことを卑怯、っていうのか?」

 間一髪。後ろに下がっていなければその刃は私の体を斬っていたかもしれない。だが、この動きこそ彼の実力を計り知るには十分すぎるほどのものだった。

彼は私よりも、私が想像していた英雄なんかより格段に強い。ただそれだけ。

刀には迷いがなかった。彼自身にも隙はなかった。そして、経験すらもすでに私が敵うようなものではなかった。

「おそらく、このままなら私には勝ち目はない。ただ一つだけ、教えてくれ。なぜ……」

______あなたはここまで強くなろうと思ったのか?

 彼は顔色一つ変えなかったが、確かに彼の思いが伝わってくるような、そんな気がした。


 彼には父も母もいなかった。だが、それに変わるものはいた。

 それは、とある神竜だった。神竜は彼に剣術と読み書きと歴史を教えた。そして、彼が人間であることも。

彼は神竜に仕える竜人を相手に剣術を学び、いつしか竜人たちに勝てるようになっていった。

 そして、彼が10歳の頃に一人でも生きていけるだろうと彼は人間の国に放り出された。

神竜の言う通り、彼は人間の国でも遜色なく生活できた。ただ、彼は人間のことが嫌いだった。

 なぜ、共生するはずの龍族や精霊族を追い払おうとするのか。なぜ、自分が竜の地の出というだけで迫害されるのか。なぜ、自分は捨てられたのか。

そんな彼に付き添って一緒に悩んでくれたのは、青い髪の神官だった。

 彼女は彼に守ることを教えてくれた。いつしか、彼は彼女と一緒にいれば悩みなど忘れてしまっていることに気がついた。

 だからこそ、戦争が始まったとき神官というだけで優しい彼女が真っ先に殺されかけたことが許せなかった。彼は彼女を逃し、自分はレジスタンスに志願した。

そうやって彼女を守るはずの剣は誰かを脅かすためのものになり、いつしか彼女の正義すらも脅かしていった。そんな自分が一番嫌いだった。

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