第4話 神官
とりあえず、彼女を抱えて部屋へ入った。どうやらそのまま気を失ってしまったようである。
彼女をよく見てみると、神官の者が着る服を着ていて、その上からコートを羽織って下にある服が見えないようにしていた。
なぜ神官と気付かれないようにしてここまで来たのか……、理由は簡単だ。
神官は直接精霊と繋がれる数少ない職業のうちの一つである。基本的に精霊という種族は場所やモノに対して現れるもの。普通は精霊の力を借りることはできないし、精霊が人間のことを嫌っていればその場所に人間が立ち入ることすら困難だ。
だが神官だけは違う。人間が立ち入れない場所の精霊に祈りの力で人間が入れるようにすることができたり、その場所の精霊の力を回復の力にすることも出来るのだ。
それに加えて神官職の者は、人に危害を加えるということは一切しない。
早急に少女の疲れを癒やしたほうが良さそうだ。
自分がレリィに目配せをすると、レリィは木の実を取り出す。木の実の汁を垂らせばそれだけで回復薬になる。それをレリィは少女の口に数滴垂らした。
「苦い……」
良薬は口に苦し。回復薬も例外ではない。ただ、苦いぶん効き目は確か。少女はすぐに目を覚ました。
「ここは……!?」
少女は少し眠そうな眼で一点を見つめたあと、キョロキョロと周りを見渡す。
そして、三匹の精霊と一体の龍人を見てハッと何かを思い出したかのように僕の方を向いた。
「精霊様、どうか、我々を救っていただけませんか!」
おそらく彼女はここまで逃げてきたのだろう。一心に精霊への救いを求めて。
だが、今この状況で神官に力を貸す、ということは人間に力を貸してしまったのと同義だ。それは好ましくない。けれどそれは、同時に彼女を見捨てるということになる。あまりにも心がないではないか。
彼女はこんなにも頭を下げている。混乱の世を救ってくれと。
それに、本当に一部しか見ていないはずなのにこの少女を見れば何となく分かる。
______人間も、哀れなものだなと。
「残念ですが私には人間を助けるほどの力も、義理もありません」
僕がそう言うと、神官の少女はさらに頭を下げた。彼女自身これがとてつもなく無謀な願いだとわかりきっているのだろう。
「だがそれは君を助けない理由にはなりません。だから、君を精霊の集落へ連れて行くということで手を打ってくれませんか?」
精霊の集落ならまず間違いなく戦火からは逃れられる。それに、精霊の集落にいればこの神官の少女にとってはいい経験になるはずだ。
人間だけではなく、精霊族という種族の気持ちや考えが神官の人間に伝えることができれば、彼女は双方にとってかけがえのない存在になれる。
神官の少女はケルアの方をじっと、本当にじっと見つめる。それから再び頭を下げた。
「ありがとうございます。精霊様、本当に……」
神官の少女は泣いているのだろうか。嗚咽を必死に抑え、こちらに聞こえないようにして。
人を助ける職の神官が他人を見捨て自らが助かるというのは、おそらく神官の少女にとってはとんでもなく重くて苦しい判断だろう。
けれどそれを踏まえた上でもこれからのことを考えれば、戦争という場所で無意味に命を落としては意味がない。彼女は、戦後の未来をとったのだ。
今の友人も、家族も、仲間も捨てて。この涙さえも苦しささえも少しの希望となるのであれば。
おそらく、どれだけ考えても寄り添っても自分にはわからない。そんな決断を神官の少女は今、自分の言葉をきっかけにして背負ったのだろう。
「お願いだ。レリィ、カミール。この少女と一緒に精霊の集落へ逃げてくれないか?」
この状況でレリィも神官の少女と同じように悩んでいるのだ。だからこそ、同じ気持ちで寄り添えるのもレリィやカミールしかいない。
自分でもなんとも残酷な精霊なのだろうと思う。けれど、こうでもしなければレリィたちは動いてくれない。
少なくともレリィたちを安全な場所に避難させることが出来る、それだけは確かだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます