第四話 相方
学校にいる間は忘れていたけれど、電車に乗ってすぐにあの宿題を思い出した。
ドアのところに立って外を見る。流れる景色もガラスに映る自分の顔も、見えてはいるけれど見ていない。
頭の中には鷹にトンビ、校長先生と篠下くんがごちゃ混ぜになっていた。
独りでぶつぶつと何かを言いながら歩いている、危ない人に思われていたかも。気がつくと事務所の前まで来ていた。
「ただいまぁ」
「お帰りー。なにその顔。ここにしわが寄ってるよー」
ユウキちゃんが自分の眉間を指でさして笑ってる。
「かなり真剣に考えてたからね。来てくれてありがとう」
明日からの週末は時間が取れないから、彼女の助けを借りて何とか今日中に答えを出しておきたい。
「お帰り。まずは少し休んで、それからにしなよ」
ふぅっとため息をついてバッグをソファに投げ出した。
背もたれに寄りかかって天井を見る。
「お疲れモードの朋華に、とっておきのおやつがあるよ」
その言葉にピクっと反応してしまった。
「はい、どうぞ」
おじさんが奥から持ってきたお皿には、甘くて芳ばしい香りをさせたパイが載っていた。
「うわーっ! 美味しそう」「いい匂い!」
ユウキちゃんも身を乗り出す。
「どうしたの、これ?」
「ユキさんがアップルパイを焼いたんだって。朋華ちゃんたちにどうぞって持ってきてくれたんだよ」
やった! 超ラッキー。急にテンションが上がった。
「切り分けるから、朋華は先に手洗いとうがい!」
「うーい」
ソファに戻ると、小皿の上にきつね色した扇形が。切り口からは薄黄色に透き通った焼きリンゴも見えている。
「いただきまーす」
ユキさんの作るパイは、サクサクで軽いものとは違ってしっとりとした食感なんだよね。わたしはこれがとっても好き。
甘さも控えめでシナモンの香りがほのかにして……分かっていたけれど、チョー美味しい。
「ごちそうさまー」「幸せー」
あっという間に食べ終えて一息ついた。ユウキちゃんは全身が脱力したみたいに足をだらーんと伸ばして満足そうに目を閉じている。
そういう仕草も可愛いんだよな、彼女は。
「おじさんは例の問題、教えてもらったの?」
食べ終わったお皿をミニキッチンへ片付けながら聞いた。
「あぁ、教えてもらったよ」
「なんだかよく分からないでしょ?」
「あー、まぁ……そうだね」
何、その反応!
「おじさん、もう解いちゃったの!?」
わたしと同じように察したユウキちゃんが目を大きく見開いた。
「つまんねーヤツだなぁー」
最近お気に入りのキャラ、チコちゃんの真似をしてみた。
ともかく、おじさんが簡単に解けたということは、何かきっかけをつかめればわたしたちにも解けるはずだ。
今回だけは何とかユウキちゃんと二人の力で解いてみたい。
「おじさんのことは放っておいて、一つずつ考えていこう」
あらためてユウキちゃんに声を掛けた。
「まずは鷹、青、トビ、この言葉から連想する文字は、っていう問題。最初に浮かんだのは『青い鳥』って物語なんだけど……」
「確かに二種類の鳥と青で『青い鳥』というのは分かるけれど、単純すぎない? それにわざわざトビを選んだのが気になるなぁ。鳥を意味するなら鳩とか雀とか、もっと身近な種類にすると思う」
「やっぱりそうかぁ。鷹とトビに意味があるってことね」
「その二つなら諺があるじゃない。
「よく使うよね、それ! 何で気がつかなかったんだろう。絶対、そのことわざが関係あるんだよ」
青い鷹を最初にイメージしちゃったから、そこにこだわり過ぎたんだな。
もっと頭を柔らかくしないと。
「それと青がどう関係するのかな」
二人の会話が途切れた。
それぞれの頭の中で考えが渦巻いているはず。
ことわざ……青……。あっ!
「ちょっと待って」
ソファを立って、わたしたちがいつも使っているパソコンの電源を入れる。
ブラウザを立ち上げて、検索ワードを入れて――。
「あった!」
「え、なに!? 分かったの?」
ユウキちゃんもこちらに来てパソコンの画面をのぞき込む。
「トビが鷹を生む、ってことわざに似た意味で青を使ったものがあった気がして、類義を調べたら――『
「すごーい! 間違いないよ、これで」
「問題は『連想する文字』だから、答えは藍だよね」
二人が同時におじさんを見ると、にっこり笑ってオッケーサインが返ってきた。
「イエーイ!」
ユウキちゃんと両手でハイタッチを交わす。
これで二問目までが解けた。
さて、問題の三問目。
今朝は変な方向に話が行っちゃったけれど、この謎を解くカギを見つけなきゃ。
「ユウキちゃんはスコット先生を知ってるの?」
「教わったことはないけれど、去年もいたから見たことはあるよ」
「どんな髪型? 髪は長い?」
「なんでそんなこと聞くの。問題に関係あるの?」
「それがさ――」
メイちゃんから聞いた三問目を話して聞かせた。
「ふーん。スコット先生の頭にはくっつくもの、ねぇ……」
「この場合さ、くっつく方を考えるのか、くっつかない方を考えるのかも重要っぽくない?」
そう言いながら、ちらっとおじさんの反応を伺う。
「なぜくっつくのか、なぜくっつかないのか、どちらも明快な理由があるからね」
分かったような、分からないような答えが返ってきた。自分だけ解けたからって、この反応は腹パンしたくなるけれど我慢、我慢。
「でもさ、なんでわざわざ校長先生をディスったりしたんだろ? 髪が薄いってことなら稲本先生でも良くない?」
「言えてる。四年生への宿題だけど、校長先生が知ったらマズいよね。稲本先生ならいいってわけじゃないけど」
「校長先生よりはいいんじゃない?」
「そもそも、なんで校長先生にこだわってるの?」
二人の話しにおじさんが口を挟んできた。
「問題では校長先生じゃなく、中島先生の頭としか言ってないよね。みんなが勝手に校長先生と結びつけているけれど、もし校長先生が変わったとしても、この問題では中島先生の頭なんだよ」
「どういうこと?」
口に出してから、おじさんが言ったことをもう一度考えてみる。
校長先生が変わっても……ということは頭――髪は関係ないってことだよね。大事なのは名前?
「三問目、四問目はクイズ番組の出題みたいだからなぁ。これが解けると次の四問目は簡単だと思うよ」
あー、もぉ。考えてるときにおじさんはごちゃごちゃ言って――ちょっと待って。
クイズ? 名前……頭……。
何かモヤモヤしてきた。
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