第三話 なんて先生だ!
今朝はちょっと支度が遅くなっちゃった。
ママが出張でいないのをすっかり忘れていて、寝坊したから。急いでトーストを食べて、エレベーターで降りる。
「おはよう」
登校班の集合場所にはみんな集まっていた。来ていないのはナツキちゃんとソウスケ君――いつもの遅刻組だけみたい。
「朋華ちゃん、スコット先生の宿題を一緒に考えてくれるんだって?」
歩き出してすぐに、昨日は放送委員の早出当番でいなかったリンちゃんがやって来た。それを見て、メイちゃん、カンナちゃんも列の後ろへ下がってくる。
「おじさんにムチャ振りされたからね」
前の方でヒナちゃんと話をしているおじさんへ、一斉に四人の視線が向いた。
「まったくぅ、って感じよ。解けなかったら恥かくのはわたしなのに」
「自分がフォローするつもりだったんだよ、おじさんは」
きっとリンちゃんの言う通り。あいかわらず彼女は冷静だなぁ。
「すぐに解けなかったら、ユウキちゃんも一緒に考えてくれるって」
「ほんと! それじゃ安心だね」
「なによ、わたし一人じゃ頼りないみたいじゃない」
カンナちゃんにわざと怒るふりをした。
「そういうことじゃなくってー」
「分かってるよ。ところでさ、スコット先生ってどんな先生?」
わたしのときも男の先生が英語を教えてくれたけれど、そんな名前じゃなかった気がするんだよね。
「えーっと……どんな先生?」
カンナちゃんが小首をかしげて隣りのリンちゃんを見た。
おいおい、自分で答えずに友達へ振るんかい。
「背はあまり高くないよ。朋華ちゃんと同じくらいだから外人さんっぽくない。やせてもいないし太ってもいないし、年は……三十歳くらいかな」
それじゃ、わたしが習った先生とは別人だ。背の高いひょろっとした感じだったもん。
「なぞなぞみたいな宿題を出すくらいだから、面白い先生なの?」
「うん、面白い!」
「そうかなぁ。少し変わってるけど」
メイちゃんとリンちゃんでは印象が違うらしい。
「だって、黒板に書く字を間違えたとき『イッツ ミステーイク!』って言った後で『コウボウモ フデノ アヤマリ』とか言うんだよ」
「メイ、似てるぅ。そういう言い方するよね」「二組でもそんなこと言ってた」
そんなもっさりとしたしゃべり方なの?
田舎のオジサンみたい。
「うちのクラスでは『イッツ ファインディ』の後、いきなり『ナンテヒダ!』ってやったらしーんと静かになっちゃって」
「それは寒過ぎー」「そこが面白いんだよ」
まぁ……なんとなく先生のイメージが分かった。
要するに、メイちゃんはスベリ芸が好き、ってことね。
大通りまで来たところで歩行者信号が点滅し始めた。ここの信号をすんなり渡れるなんて奇跡に近い。
「はーい止まって。信号を待っている間はもう少し後ろへ下がって」
おじさんが声を掛けている。
今のうちに、残りの問題を聞いておかなきゃ。
「ねぇメイちゃん、全部で四問だったよね。残りの三つを教えて」
「いいよ。二問目は漢字の青、鷹――鳥のね、それと……あれ、なんだっけ」
「もう一つも鳥。
すかさずリンちゃんがフォロー。
「そうだ、トビ。この三つの言葉から連想する文字は? っていうのが二問目」
鷹、トビと青。二種類の鳥と青……青い鳥、かな。
列の前の方にいる子どもたちを並ばせ直して、おじさんも最後尾にやって来た。
「昨日の宿題のこと?」
「そう。いま二問目を聞いたんだけど、うーんって感じ」
思わず口をとがらせた。
「三問目はマジにヤバいよ」
カンナちゃんが声を低くしてほくそ笑んでいる。何がヤバいのよ。
「スコット先生の頭にはくっつくけれど、中島先生の頭にはくっつかない」
リンちゃんもニヤリとしながらすらっと言った。
何それ。これが問題!? 意味わかんないけど。
それに――「中島先生って校長先生だよね?」
「そうだよ。これってもうなぞなぞでしょ」「校長先生の頭を出したらマジヤバいって」
「校長先生がどうしたの?」
そのワードを聞いて、一年生たちが話に絡んできた。
「スコット先生って知ってる?」
「知ってる! 外人さんでしょ」
ユウタ君がメイちゃんに答えた。
「スコット先生の頭にくっついて、校長先生の頭にくっつかないものを考えてるの」
「えーっ! それって髪の毛じゃん。校長先生、はげてるもーん」
コウセイ君の大きな声に笑いが起きて一斉に騒がしくなった。あちこちで「校長先生が――」という話になってる。
そういうことだったのね、ヤバいって。
今の校長先生はわたしが卒業してから赴任してきたので、運動会で見たことがあるくらいだったけれど、そういえば
でもわざわざ容姿をいじるのに校長先生を使うかなぁ。
「なんて日だ!」のギャグを使うくらいなんだから、小峠さんのことも知っているはずだし、普通ならそっちを使うはずだけど。
これは全然分からない。
「ほら、もう信号変わるよー」
ざわついている低学年の子たちにおじさんが声を掛けて、横断歩道を渡り始めた。
「ほんとにこれが英語の宿題なのぉ? クイズ番組の問題みたいだよ。全然わかんないし」
「朋華ちゃんの気持ちも分かるよ。リンも全っ然わかんないもん」
小四になぐさめられる高一、ちょっと恥ずかしい。
もう次行こ、次。
「最後は?」
「これもなぞなぞみたいなの。
もぉ何これー。
説明してくれたメイちゃんも困った顔をしている。
「その篠下くんと井上くんって、四年生にいるの?」
黙ったままカンナちゃんが大きく首を横に振った。
「どうした、そんな怖い顔をして」
自転車にまたがったまま、おじさんが登校班の列をやり過ごしてまた最後尾についた。
「問題を全部聞いたけど、お手上げ。なんて先生だ!って言いたいくらい」
「そこはあきらめずに。『山より大きな獅子は出ない』からさ」
「なにそれ?」
リンちゃんが食いついた。
「えーっと……どんなに難しくても問題文の中には必ず解くカギがある、ってことかな」
理解したのか分からないけれど「ふーん」と黙ってしまった。
「とにかく、すぐには解けそうもないから事務所へ帰ってからユウキちゃんと一緒に考えてみる」
メイちゃんたち三人にも御礼を言って、みんなと別れた。
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