第二話 ムチャ振り

「メイちゃん、分かったよ」

「ほんと?」


 カンナちゃんが歩きながら高い声を出して振り返った。


「もぉ、ぜんっぜん分かんなくてさー」

「なんでカンナがブーたれてんの」

「え、なにそれ? どういう意味?」


 彼女に突っ込まれて、おじさんが一瞬固まった。

 わたしだって意味が分からないもん。


「あー……文句を言う、ってことだよ」

「ふーん」


 さらっとスル―。あらためて聞いてみた。


「ひょっとして、四年生の全クラスに同じ宿題が出てるの?」

「せいかーい」


 今度はメイちゃんが答えてくれた。


「スコット先生は今年で終わりなんだって。だから、来週の最期の授業までにみんなで考えてきて、って」

「そーなんだ。講師の先生だから転校ってわけじゃなくって、アメリカに帰るのかな」

「アメリカとは限らないじゃないか」


 そこは突っ込むところじゃないでしょ。にらみつけると、おじさんは首をすくめた。


「分かったんなら答えを教えてー」


 メイちゃんが甘えた声を出す。


「計画の計だと思うよ。一年の計は元旦にあり、っていうでしょ。他の日には無くって元旦にあるものは計だよ」

「お、さすが。俺もそう思う」


 よかった、合ってて。おねえさん、恥かかなくて済んだよ。


「計ってなに?」


 げ。そこかぁー、カンナちゃん。言った通り、たぶん計画のことなんだと思うけどなぁ。

 おじさんを上目づかいに見る。気づいて!


「計画のことだよ。一年の計画を立てるなら元旦にしよう、まずはきちんと計画を立ててから始めようっていう意味だね」


 何となく合ってたけれど、わたしじゃちゃんと説明できない。アイコンタクトでパスを出しておいてよかった。


「慣用句として知っておいた方がいいことを宿題にしているんじゃない?」

「英語の先生なのに?」


 そう言われればそうだ。おじさんの言う通り、それは国語の先生がやること。


「他の問題は変なのがあるんだよ」「そうそう、ほんとになぞなぞみたいなの」

「それじゃあ続きはまた明日、朋華お姉ちゃんに挑戦してもらおう!」

「なに勝手に決めてんのよぉ」


 分からなかったら恥ずかしいじゃない! まったくもぉ。


「ということで、ほら、朋華はここまでだろ。いってらっしゃい」


 いつもこの大きな団地の前で登校班と別れて、わたしは駅へと向かう。


「じゃーねー」「朋華ちゃん、よろしくー」


 二人に手を振りながら、どうか簡単な問題でありますようにと願った。


🏢


 すれ違う人たちの服装も明るいカラーになってきた気がする。

 ファッションビルの中通りから見えるショーウィンドウには、もう初夏の装いが飾られていた。

 でも朝や帰りはまだマフラーが手放せない。今日も午後になって風が強くなってきた。


「ただいまー。寒くなったねー」

「お帰り」

「おかえりー」


 事務所のドアを開けると、いつもの声だけじゃなく可愛い声が聞こえてきた。


「おーユウキちゃん、久しぶりぃ」


 パソコンに向かっていた椅子をくるっと回して、両手を胸の前で開いて振っている。そのまま二人でハイタッチをした。


「ほんと、手が冷たいね」


 包み込むようにわたしの手を温めてくれる。


「何かあたたかい飲み物でも飲むか? コーヒーかココアか――」

「ココアがいいっ!」


 被せるように言ったら、おじさんに笑われた。

 ソファへ座って待っていると、おじさんが紙コップに入れたココアを二つ、テーブルに置く。


「ユウキちゃんもどうぞ」

「ありがとう」


 彼女もソファに来て向かい合った。


「かんぱーい!」


 彼女の声につられて、なぜかココアで乾杯。

 口をつけると熱くて飲めない。でも手で持っているだけでじんわりと温まった。

 ユウキちゃんはフーフーしながらも平気な顔して飲んでいる。


「そうそう、聞いてよ」


 手を温めながら今朝のことを彼女に話した。


「ねー、ムチャ振りでしょ。もう、解けて当たり前みたいなプレッシャーも掛けてくるし」


 あらためておじさんを横目でにらむ。


「まぁたしかにムチャ振りだけどさ、朋華ちゃんなら大丈夫だよ。四年生の宿題でしょ?」

「もぉユウキちゃんまでプレッシャー掛けないでよー。これで間違えたらチョー恥ずかしいじゃん」

「大丈夫だって。この前、バレンタインのときも謎解きしたんでしょ。おじさんから聞いたよー」


 いやいや、あれだっておじさんのアドバイスがあったからだし。

 彼女にどんな言い方をしたのよ、まったく。


「その英語の先生の授業は来週なんでしょ? いざとなったら持ち帰ってきて、またここで一緒に考えようよ」


 ユウキちゃん、その手があったね。

 そもそも宿題なんだもん、その場で答えなくたっていいか。

 少し気が楽になった。


「その時はお願いするね。頼りにしてるから」

「任せてー」


 そう、何でも自分だけでやろうとせず、少しずつまわりの人に頼ってみるんだった。


「明日には残りの三問も教えてもらえるから、もし来れたら明日もここで」

「オッケー。部活もないから多分、大丈夫」


 おじさんだけじゃない。

 心強い仲間がここにもいた。

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