スコット先生の宿題

第一話 お約束

 久しぶりにすっきりと晴れて気持ちが良い。

 先週の土曜日からずっとお天気が悪かったから。菜種梅雨、って言うんだっけ。

 ここから見えるスカイツリーも、その名の通りきれいな青空をバックに春の朝日を浴びて輝いている。


「なにやってんだよぉ、やーめーろよー」


 自転車にまたがったおじさんの周りには、登校班の半数くらいの小学生たちが集まっていた。

 あれじゃ怒っているようには全然聞こえない。みんなにもそれがバレバレだ。

 さっきから自転車の後ろの方でイタズラしているのは、一年生のユウタ君とユーリ君の仲良しコンビ。「ほら、とっちゃった」とカギを抜き取ったり、スタンドやタイヤを蹴って遊んでる。

 それをおじさんが「やめろ」と言うのだけれど、むしろ面白がって繰り返してる。まるでダチョウ倶楽部の上島さんの「押すなよ」みたいだ。


「だからぁ、外すなってー」


 さらにカンナちゃんとリンちゃんも参戦。

 前かごにつけてある『防犯パトロール中』と書かれたシートの紐を二人でほどき始めた。


「もぉー! 取るなよぉ」


 石原良純さんみたいなボヤキにも、二人は紐を抜き取ってニヤリと返す。

 一連のやり取りを廻りの子たちも笑いながら見ている。平和な朝だなぁ。


 一年生の女の子がおじさんに話しかけた。大人しい子でほとんど話をしたことがないから、彼女の名前を知らない。


「なんでパトロール中なの? おじさん、けいさつの人?」


 あぁ、よくある質問だけど、この時期じゃなくて五月とか六月ごろに聞く子が多いのに。ずっと疑問に思っていても、おじさんと話をするきっかけがなかったのかな。


「ひよりちゃん、だよね。おじさんは警察じゃなくて学校から頼まれて、みんなの見守りをしてるんだよ」


 マジに驚いた。

 名札をつけないから会話の中でしか名前を知ることが出来ないのに、彼女の名前も知ってるなんて。


 そんなやり取りの合間に、今度は一年生のコウセイ君が自転車のベルに手を伸ばす。

 チリン、チリンッ!


「あーもぅ! うるさいから鳴らすなーっ。マンションの人に怒られちゃうだろ」


 慌ててベルを手袋をしたままの大きな手で包み込んだ。

 くぐもった音になっても、コーセイ君はジリリ、ジリリとベルを鳴らしている。

 連係プレーのようにユウタ君がカギを抜いて、ユーリ君がタイヤを蹴って。


「もぉー、やめろぉーっ!」


 わざと抑えた高い声で、小刻みに首を横に振りながらおじさんが叫ぶと、どっと笑いが起こった。


 身長は百八十センチ、がっちりした体にひげを生やしていかつい顔。見た目だけなら絶対に子どもたちから怖がられそうなのに。

 怖がられるどころか、

 子どもたちにはおじさんの優しさがしっかり伝わっているんだね。


「ほら、もうみんな並んで。出発の時間だから、はい! 並ぶ、並ぶー」


 右手で追い立てながらみんなを並ばせる。

 カンナちゃんとリンちゃんは最後まで残って、シートを前かごに結び付けてから列の後ろへついた。


「朋華もそんなところで黙って見てないで、やめさせてくれればいいのに」

「だって面白いんだもん。みんなも楽しそうだし」


 おじさんだって楽しいくせに。


「さっきの女の子、なんだっけ名前」


 前を行く一年生たちは列も崩しがちで、立ち止まったり駆け出したりと忙しい。


「え、何の話?」

「ほら、警察の人かって聞かれてたでしょ」

「あぁ、えーと、ひよりちゃんね」


 コウセイ君とユウタ君が班長さんから注意されて、列はいったん整った。


「よく分かるね。顔は覚えてるけど名前なんて分からないでしょ? どうやって覚えるの」

「子どもたちの会話を聞くだけじゃなくて見るんだよ。名前で呼び合うから、誰のことを言ったのか確認しながら」


 いつも聞き役になっているけれど、ただ話を聞いてるだけじゃないんだ。

 列の方は、メイちゃんとカンナちゃんが後ろの方へ下がってきた。何か話をしている。


「でも名字が分からないだろ? だから、この前みたいに学校公開の時に掲示物でチェックするんだけれど全然覚えられなくて」

「そこまでするの?」

「だって何かあった時に、名前は知りませんじゃ恰好つかないから。見守りで付き添いしているのに」

「すごいねー。マジ尊敬するわ」

「今年の一年生は七人いたから、やっと最近になって全員を覚えた気がするよ。来年度は十人を超えるんじゃないかってカンナが言ってたから。ね、カンナ!」


 急に後ろから声をかけられたカンナちゃんが驚いて振り向いた。


「えっ、何?」

「新一年生の話。カンナの弟くんも一年生になるし、人数多いんでしょ」

「そう。ケイタくんの友達だけで六人いるから、全部で十人以上だってママが言ってたよ」


 卒業する六年生は二人だけだから、来月からはずいぶんと賑やかになりそう。

 一年生たちが慣れるまでは、おじさんは大変かもね。


「おじさん、ひなまつりやこどもの日にはなくって、元旦にあるものってなーに?」


 今度は急にメイちゃんが振り返って声を掛けてきた。


「え、何だって?」

「ひなまつりやぁ、こどもの日にはなくってぇ、元旦だけにぃ、あるものって何?」

「なぞなぞ?」

「ううん、宿題に出されたの」


 いやいや、なぞなぞでしょ。これが宿題ってどういうことよ。


「他にも三問あるんだけどね。スコット先生が最後の宿題だ、って」


 ということは英語の先生か。

 英語の授業って四年生からだっけ、もう忘れちゃった。

 あまり日本語が得意じゃないからなぞなぞみたいな宿題を出したのかな。


「ふーん。まぁこの問題は朋華がさっと答えてくれるよ」

「はぁっ!? 何そのムチャぶり」

「四年生に出す問題だもの、高一の朋華なら簡単に――ぃぎっ!」


 売られたケンカは買う。先制攻撃あるのみ。


 それは置いといて、振られたからには答えなきゃ。

 元旦にだけあるもの? 濁点はこどもの日にもあるし、の字は元旦にしかない……あれ、考える方向性が間違ってる気がする。

 元旦にある、元旦にある……あ、分かったかも。

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