第二話 カンナちゃんの怒り

 駅前の信号を渡ってファッションビルの中通りを歩いていると、焼けた肉の芳ばしい匂いが漂ってきた。

 あー、食欲が刺激される。改装して一階に出来たステーキ専門店、まだ行ったことないんだよね。

 今度おじさんにご馳走してもらおう。などと考えながら、事務所のドアを開けた。


「ただいまー」


 いつものように右奥の席でパソコンへ向いている背中に声を掛ける。


「おぅ、お帰り。今日は早かったな」

「そう? もう三時過ぎてるし」

「いつもは早くても四時半くらいじゃないか」

「今日は先生たちの研修会があるみたいで、短縮授業の五時間だったからね」


 バッグを手前のソファーへ投げ出し、そのとなりに腰を下ろす。


「相変わらず暇そうね」

「暇な訳じゃないし」


 おじさんは画面から目を離してこちらを向いた。


「だってネット見てるだけじゃん」

「こうして世の中の情報をいち早く入手しているんだよ」

「ふーん」


 ま、そういうことにしておいてあげる。


 それよりも、お肉の匂いのせいでお腹が減っちゃった。


「ねぇ、何かおやつない?」

「いきなりかよ。冷蔵庫にエンゼルパイが入ってるぞ」

「わぁ! わたし、あれ好き。チョコとマシュマロのバランスが最高だよね」

「俺が小学生の頃からあるし、王道を行くお菓子だよ。あれは」


 冷蔵庫を開けて、エンゼルパイを三個持ってソファーへ戻ってきた。


「そんなに食べるの? またふと――ぉぐっ!」


 右手に一個握ったままの拳で腹パンしたあと、そのまま無言で差し出す。

 食べるのは二個だけだから。


「あ、ありがとう」


 右手でお腹をさすりながら、おじさんが左手を出した。

 でも何でにこのおやつを用意するかなぁ。

 やっぱ男の人ってあまり気にしてないみたい。



 食べ終わったタイミングで「あのさ、ちょっと話が――」と言いかけたところで、事務所のドアが再び開いた。


「おじさん、聞いてよぉ!」


 座ったまま振り返ると、いきなり不満の声をあげたのはカンナちゃんだった。

 ランドセルを背負ったまま、リンちゃんも一緒に来ている。


「どうしたの、いきなり。学校帰りにここへ来るなんて珍しいな」


 入り口に立っていた二人が、おじさんに手招きされてわたしと向き合うように座った。


「朋華ちゃんも聞いて」「こんにちは」


 カンナちゃんの方はかなりお怒りモードだ。


「こんにちは。何かあったの?」


 ランドセルを下ろした二人が話してくれた事件とは――。



「今日はバレンタインデーでしょ。こっそり学校へチョコを持って行ったの。帰りに渡そうと思っていたのに、昼休みが終わったら箱がつぶされちゃってたんだよー!

 これって、ひどくない?」


 やっぱりカンナちゃんはチョコを持って行ったんだ。そんな感じだったもの。


「そりゃ、ひどいなぁ」

「でしょー!?」

「ランドセルに入れてたの?」

「ううん。補助バッグに入れて机の横に掛けてた」


 おじさんの質問に口をとがらせるカンナちゃん。


「誰がやったか分からないのか」

「それがね、わたしが教室を出るときに男の子が六人いたからゼッタイあやしいと思って話を聞いたんだけど、みんなやってないって……」


 まぁ正直に言わないよね、きっと。


「でね、おじさんに話せば誰がやったのか分かるかも、ってリンが言って」


 カンナちゃんが隣に顔を向ける。


おじぃは探偵だし」

「何だよ、一応って。それにおじぃって、ぃをつけるのは止めろって言ってるだろ」


 おじさんのブーイングも彼女はニヤリとやり過ごす。

 この前の理科室の一件を見てるからね、リンちゃんは。


「もぉ、そんなことはツッコまなくていいの!」


 まだ何か言いたそうなおじさんをにらみつけた。


「カンナちゃん、詳しく話して」

「男の子たちはこう言ってるの」




リョウ「ボクはやってないよ。教室に一人でいたことなんてなかったし」

   「そう言えば、タケシがカンナの机のそばで何かやってたよ。

    あいつがやったんじゃないの?」


ハヤテ「校庭で遊んでたから、分からないな。もちろん、壊してなんかないよ」

   「あぁ、階段でリンとすれ違ったっけ」


ケンタ「あの後、図書室にずっといたから。教室には三人が残ってたよ」

   「リンちゃん? あぁ、何かを探してたみたいだったけど」


タケシ「オレはやってないぞぉ。カンナのものを壊すわけないじゃんかぁ」

   「オレが教室を出るときはヒカルしかいなかったよ」


サワト「カンナちゃんの机の隣ってハヤテでしょ? あいつがあやしいね」

   「ぼくはリョウのことを追いかけてすぐ出たから」


ヒカル「箱? 知らなーい。教室を出たのは最後だったけど何も見てないよ」

   「その後は休み時間が終わるまでずっとハヤテと校庭で遊んでたもん」




「あれ、リンちゃんは二組じゃなかったっけ?」


 確か学校公開のとき、カンナちゃんが三組でクラスが違ってた気が……。


「リンは短縄の練習もやろうと思って教室へ取りに行こうとしてたから、ついでに三組の長縄を取りに行ったんだ」

「今ね、休み時間に四年生で長縄の練習をしてるの」


カンナちゃんがリンちゃんをフォローする。


「二組の長縄を使ってたんだけど人数が増えたから、三組のも持ってきて二つに分かれて練習しようってことになって」

「へぇー。わたしのときもやったなぁ長縄」


 懐かしい。中二の運動会でもクラス対抗でやったっけ。


「どのクラスも長縄は黒板の横に掛けてあるから、それを取ってすぐ校庭に戻ったんだ」

「そのときには教室に誰がいたの?」

「ヒカルとタケシがいた」

「うーん……これだけじゃ、誰がやったのか分からないよね。でしょ?」


 さっきから黙って聞いているおじさんへ振ると――。


「あのぉ……たんなわ、って何?」


 はぁ!? そこを聞くの?


「ながなわ? なげなわ?」


 おじさんにも知らないことがあるのかと安心もするけれど……。

 呆れているとリンちゃんが冷たく言い放つ。


「縄跳びのことだよ。みんなで飛ぶ長縄と、一人で飛ぶ短縄。おじぃ、そんなことも知らないの?」


 さすがに「おじぃ」といわれても反発しないで、「なるほどぉ」と何度もうなずいていた。


 それにしても、カンナちゃんたちの話だけでチョコの箱をつぶしちゃった犯人が分かるのかな。

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