バレンタインチョコ事件
第一話 相談
背の高さほどもあるコンクリートの堤防が日陰を作っているせいで、おととい降った雪が解けずに固まったまま残っていた。川沿いの道は北風を遮るものがなく、頬っぺたの感覚がなくなっていく。
「うわっ、さむぅ」
風がひと際強く吹き抜け、おじさんから借りているマフラーに思わず顔をうずめた。
少し急がなくちゃ。
先に見えるランドセルを追いかける。一、二年生の男の子たちは、道端で小山になった雪の塊へキックしながら歩いていた。
もう少し、というところで自転車に乗っていたおじさんが振り返る。
「朋華、おはよう」
「おはよう。気づいてた?」
「うん。車も通るし、いつも後ろを気にしてるからね」
そう言うと、子どもたちとの会話に戻っていった。
おじさんの隣を歩いているヒナちゃんとメイちゃんが、先を競って話しかけるのを笑顔で聴いてあげている。
今日は相談するのも無理みたい。そもそも登校班で話すことでもないし。
そのまま列の後ろについていった。
いつものように大通りの信号で止まると、おじさんが自転車にまたがったまま後ずさりしてくる。
「なにしてんの。危ないよ」
「どうした、何かあったか?」
かみ合わない言葉が返ってくる。そんな心配されちゃうような顔してるのかな、わたし。
「べつに」
「そっか」
短い言葉だけ交わし、青信号を歩き出した。
さらっと流してくれて根掘り葉掘り聞いてこないのも、とっても楽。
こんな関係、ずっと続けばいいのに。
*
何かきっかけがあれば……と思いながら、おじさんにはあのことを話さず三日が過ぎた。
ママと話をするのが先なんだろうけれど、それもタイミングがつかめない。
ま、悩んでいてもしょうがない。
先のことより、まずは今日のことに集中しなきゃ。
登校班の集合場所でもカンナちゃんたち四年生の四人が何やらこそこそ話してる。
ちょっと近くで立ち聞きしてみると――。
「リンは誰かにあげるの?」
「ケンタには渡しておいてもいいよね」
「コウタはトモのことが好きだから、きっとトモから欲しいんじゃないの?」
どうやらカンナちゃんがこの日のために色々と準備をしているみたいで、三人から情報収集をしている。
そう、今日はバレンタインデーなのだ。
わたしが小学生の頃からこっそりとチョコやクッキーを学校へ持ってきていた子もいたし、放課後にお母さんが校門まで来て渡していた子もいた。好きな人へ渡すというより、仲のいい子に配る感じだったな。
渡さない子の方が圧倒的に多かったし、わたしもその中の一人。
わたしなんかがあげても、もらった方が迷惑なんじゃないかと思ってた。だから小学校だけじゃなく中学でもバレンタインは他人事だったのに、なんと今年はクッキーを焼いたのさ!
土曜日に試し焼きをして、昨日の夜に作ったチョコチップクッキー。
ハロウィンパーティーのとき以来だけれど、我ながらなかなか良く出来た気がする。ラッピングもして準備はバッチリ、一人ほくそ笑んじゃう。
「おはよう。何みんなで集まってるの?」
「なんでもないよ」
自転車でやって来たおじさんへカンナちゃんが答えた。
それを合図にすぅーっと四人が散っていく感じが面白い。明らかに秘密の相談をしていたのがバレバレだよ。
そんな彼女たちにツッコむこともしないで、おじさんは他の子たちともあいさつを交わしながら整列させていた。
「今日も寒いねー」
定位置になっている、登校班の最後尾をおじさんと一緒に歩く。
「今週はずっと冷え込んでるよな。昨日まで雪も残っていたし」
カンナちゃんたちはまた何か相談しているみたい。
そう言えば、女の子と違って男の子たちは気にする様子もなく、いつもと変わらない感じだなぁ。
「チョコもらえそう?」なんて話も聞かないし。
そんなもんなのかな。
「今日も帰りに寄るね」
「いいよ。今日は予定がないから」
「そんなの、いつもじゃん」
「俺だってたまには出掛けることだってあるかもしれないだろ」
この前みたいに、行ったらユキさんだけっていうのも困るというか、ぶっちゃけ間が持たないからいてもらったほうがいいのは確か。
つーか、今日は事務所にいてもらわなきゃ困る。
やっぱりおじさんには相談しておきたいしね。
「それじゃね」
小学校へ向かうみんなとはここでお別れ。
「いってらっしゃい」
右手を挙げたおじさんに軽く手を振った。
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