サンタを捕まえろ

第一話 ビューン、ババッ

「このひと、だれ? 先生のこども?」


 初めてユウタ君に会ったときに言われたのがこれ。

 もうあれから八カ月になる。


 高校に入学したばかりでバタバタしていたので、朝も早く出掛けていた。やっと落ち着いて登校班と一緒に行くようになったのがゴールデンウィーク前の四月後半だった。

 目はクリっとしているし、茶色かかったきれいな髪をマッシュルームカットにしていてパッと見、女の子かと思うような彼から、いきなり「こども?」と聞かれたことにもちょっと驚いたけれど、それよりも先生って誰よ。


「ひょっとして先生って……」


 自転車にまたがって隣をゆっくりと進むおじさんへ小声で聞いた。


「そうなんだよ。あの子、一年生でユウタ君と言うんだけれど、俺のことを先生だと思っているみたいなんだよなぁ」


 探偵兼管理人さんをやるまでは設計事務所にいたらしいから、その頃は先生って呼ばれてたんだろうけど。それにしても、なんで先生だと思ったんだろう。こんなにいかつい髭おじさんなのに。

 ユウタ君からのストレートな質問にどうやっておじさんが答えるのかも、ちょっと興味がある。

 一年生の彼に二人のことを理解してもらうのは、かなり難しい。娘のように可愛がってもらっているのは自覚しているから、そうだと言っても怒らないんだけど。


「学校まであるくの、つかれちゃうんだよなぁ」


 うわっ、小学校低学年あるある『聞いておきながら答えを待たない攻撃』がいきなりさく裂した。

 もぉユウタ君たら。おじさんがこれから答えるところだったのに。


「ベッドからじどうでビューンって学校までつれていってくれたらいいんだけどなぁ」

「自動で?」


 あーあ。おじさんもこの話に乗っかっちゃったから、さっきの質問はなかったことになった。


「うん、じどうで。ジェットがついていてババッと学校までとんでいくの」

「空を飛ぶのかぁ。それはすごいな」

「ベッドからおりないで、きょうしつのイスにすわれるんだよ」

「超らくちんだね」


 男の子ってこういう話、好きだよね。ロボットみたいにメカニカルな話ってすぐ盛り上がる気がする。

 同じ妄想でも、わたしとは少し違う。


「ぼく、じどうそうちをはつめいしたいなぁ」

「へぇー、ユウタ君が発明してくれるの? おじさんも見てみたいな」

「ヴォッ!」


 突然、どこかのオジサンが鼻を鳴らしたような、低くしゃがれた短い雄たけびが聞こえた。


「なに!? 今の?」


 音の主かと思ってたずねたおじさんは、笑いながら小声で教えてくれた。


「あれはユウタ君のシンキングサイン。なにか考えがまとまる直前に、無意識に出す音なんだよ。不思議でしょ?」

「へぇ、そうなんだ。普段のかわいい声とギャップがあって、ちょっとビックリ」


 いやいや、本当はかなりビックリ。ギャップあり過ぎでしょ。


「わかった! マドをかえなきゃ」

「窓?」


 またいきなり話題が変わったのかな。

 わたしもユウタ君の顔を覗き込んだ。


「うん、マドをかえないとベッドがそとにでないんだ」

「あーそういうことかぁ。ベッドが飛んでいくには窓が邪魔なんだね」

「マドがないとこまるから、もっと大きくしてベッドがぶつからないようにすればいいんだよ」


 自信満々に答えているところが一年生らしくてかわいい。

 でもベッドを飛ばそうというところがまだまだ甘い。

 空を飛んで学校まで行くなら――風の精霊を使わなくては!


 そう、われは風の使い手。

 我が唱える言霊ことだまは文字通り風に乗り、精霊たちを意のままに動かす。

 何人たりとも妨げることは出来ぬ。

「光さす世界にありし気高き摂理せつりよ、我は従う。我が声をなんじしもべへ導きたもう。

 いざ舞えっ、シルフィードよ!」


「何やってんだよ、信号が変わっちゃうぞ」


 横断歩道の途中でおじさんが振り返る。

 空へ向かって高く掲げた右手を下ろして小走りで追いついた。


 残念だけど、十二月になった今でもわたしにはシルフィードを使いこなせないし、ユウタ君の自動装置も未完成だ。

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