第六話 小さな強き者
ガードレール越しに、右隣を歩くおじさんの脇腹へパンチをお見舞いする。
「ぅごっ! 何すんだよぉ」
「今ドヤ顔したでしょ。一人だけ謎が解けたような」
絶対にそうだ。わたしの目はごまかせない。
「え、おじさんなぞがとけちゃったの⁉」
ヒナちゃん、早口になってるよ。
「あー、まぁこの方法だろうなというのは絞り込んだけれど、うーん……」
「何もったいぶってるのよ、早く教えてよ」
ちょうど大通りまで来た。ここの信号待ちは長いんだから、その間に話してもらっちゃおう。
「本人に確かめてみないと……。確かめても『うん』とは認めないだろうけれど」
「いいから教えてよ。あたし気になってしかたないんだもん」
ヒナちゃんも早口のまま急かす。
「あくまでも俺の推理だから、他の人には言わないで」
「わかった」
「オッケー」
すぐに二人で同意。
「もう一つ……これを聞いても誰かを責めたりしないで。約束してくれる?」
「……約束する」
責めるって? 何でかよく分からないけどそう答えた。
ヒナちゃんも黙ってうなずく。
「稲本先生がどうやって答えを知ったのか、問題はそこだよね」
「うん。でも昨日の推理はヒナちゃんに確かめたら全部ダメだった」
「まずは先生がこっそり見る方法として、鏡や窓ガラスの反射を考えたけれどこれは状況的に無理」
「カガミはぜぇぇったいになかったよ」
さっきよりもはっきりとヒナちゃんが首を振りながら言い切る。
「子どもたちの目の動きを追う方法も使えそうもない。チョークで書いた線にも触っていない。となると――」
黙っておじさんの顔を見る。
「誰かに教えてもらった、そう考えるしかないね」
「えーっ!」「マジっ!」
二人が大きな声を出したので、班長さんや前に並んでいた子たちが振り返る。
「ごめんね、なんでもない」と笑顔でごまかした。
「だってだれも教えてなかったよ。先生も声に出して教えないように言ってたし、タカムネが教えちゃったときにはやりなおしたもん」
ヒナちゃんの言う通り、そもそも教えちゃったらこの超能力トリックが成り立たないはず。
「みんなに気づかれないようにこっそり教えたとしたら?」
「だからぁ、だれも先生の近くにいってこっそり教えた子なんていなかったってば」
そうだよね、みんな先生の方を見てるんだからこっそり行くなんて――あれ、ちょっと待って。なんかモヤモヤしてきた。
「先生の所に行かなくてもこっそり教える方法があるんだよ」
こっそり教える……みんな先生を見てる……。
「あーっ、分かった!」
また大きな声を出してしまったけれど、ちょうど信号が青に変わったのでみんな歩き出した。
「なに? 朋華ちゃん、なにが分かったの」
「誰かが合図をして教えたんじゃない? みんなが先生の方を見ているから気付かれなかったのよ、きっと」
「でもどうやって? まわりの子なら分かっちゃうよ」
「だからさっき席のことを聞いたんでしょ。一番後ろの席で、隣に誰もいないならバレにくいから」
おじさんは微笑んで大きくうなずいた。
「多分そうだと思うよ」
「ソースケね! あいつ、いつの間に……」
「まぁまぁ。おそらく、みんなでプリントをやっている間に先生の方からソウスケ君に頼んだと思う。こっそり話していても、分からないところを教えてもらっているように見えるでしょ」
確かに。ほかの子が見ても不自然には思わないはず。
「合図も単純じゃないかな。みんなから見て右の方を指したら右手を軽く上げる、左なら左手って」
「何もしなければ真ん中、ってこと?」
「そんな感じだろうね」
この方法なら絶対に当てられる。
先生は子どもたちを見渡しているから動きも自然だろうし、ソウスケ君さえ頼んだとおりにしてくれたら超能力者イナモトの出来上がり。
「でもさぁ。稲本先生は何でそんなことをしたの? わざわざ彼を巻き込んで」
「ヒナ、先生はこの超能力を見せた後に何か言ってたんじゃないかな」
わたしの質問には答えてくれずヒナちゃんに聞いてる。
「えー、ぜんぜんおぼえてない」
「これも推測だけれど、先生はこんな話をしたんじゃないかと思うんだ。『先生は見ていなくても君たちが何をしたのか分かるから。他の先生が来た時もちゃんと授業を受けないとだめだぞ』って」
そういうことか。
副校長先生のことがあったから、みんなにくぎを刺すためにソウスケ君にも協力してもらったってわけね。
「なんかそんな話を聞いた気もする」
ヒナちゃんが答えていると、噂の主、ソウスケ君が後ろから走ってきて列にすっと入った。信号待ちしている間に、走って追いついてきたみたい。
「ソースケ」
列に割り込んだ彼へ後ろから声をかけ、ヒナちゃんが隣に並ぶ。
あっ、と思って彼女を後ろに戻そうとしたけれどおじさんに止められた。
ソウスケ君のランドセルに右手を置いて肩を組むようにしながら歩いている。
「あんたさぁ――」
ちょっとドキドキしながら見ていた。
「なんかあったら、あたしに言いな」
突然わけの分からないことを言われた彼はきょとんとしている。
「バカな男たちがおおいからさ、とにかくなんかあったらすぐに言いなよ。あたしがそいつらの頭をひっぱたいてやるから」
「あ……うん」
まだ眠いのか、ぼぉっとした顔でソウスケ君がうなずいた。
もし彼が稲本先生に協力したことがバレたら、クラスの男の子たちからいろいろ言われちゃうかもしれない。ヒナちゃんは、きっとそれを心配したのだろう。
女子で一番小さいと言っていた彼女が頼もしく見える。
オバサンぽいと思っていたのは間違っていたみたい。
ヒナちゃんは――
「な、ほっといても大丈夫だっただろ? ああ見えてヒナは――ぃぎっ!」
自転車のハンドルに両手をかけていて、がら空きになっているおじさんのお腹へ右手で裏拳を打ち込んだ。
「なに自分の手柄みたいに言ってんのよぉ。偉いのは彼女でしょ」
まったく。
いつも同じようなことでわたしに腹パンされてるのに。
少しは学習してよね、おじさん。
―超能力者イナモト 終わり―
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