第五話 状況確認

 超能力者イナモトの謎についておじさんと推理した翌朝、いつもよりも少し早く家を出てヒナちゃんを待ち構えていた。いつも登校班の出発時間ギリギリに来る彼女が、集合場所に向かって歩いているのが見えた。


「おはよう、ヒナちゃん」


 そのタイミングに合わせて、おじさんも自転車に跨ったまま近づいて彼女へ声を掛けた。


「おはよう。おじさんもどうしたの? 二人であたしをまちぶせしていたみたいに」

「その通り。ヒナを待ち伏せしてたんだよ」


 おじさんがニヤリと笑う。


「もぉ、話をややこしくしないでよ」

「ごめんごめん。朋華から稲本先生の超能力の話を聞いて、ヒナから詳しいことを教えて欲しいと思って待ってたんだよ」

「あぁ、あの話ね。男の子たちがまぁだもり上がっちゃってるのよね」


 そう言って呆れたような表情をみせた。ほんとにヒナちゃんは見かけと違って大人っぽい。

 その様子だと彼女も超能力を信じていないみたい。


「それで何が聞きたいの?」


 ちらっとおじさんを見ると目顔で促してくる。


「えーっと……ヒナちゃんは確か一番前の席だって言ってたよね。稲本先生を近くで見ていて、何かおかしな動きとかしてなかった?」

「うーん、気がつかなかったな。先生はずっと前を見ていたから」


 出発時間になったので班長さんがみんなを集めてる。

 ヒナちゃんが並ぶのに合わせて移動しながら話を続けた。


「横を見たりしなかったかな。例えば窓の方とか」

「あー、そこまでは覚えてない」


 歩き出したヒナちゃんの隣をわたし、ガードレール越しにわたしの隣をおじさんが自転車でついてくる。

 そういえば、今日もソウスケ君が来ていない。また遅刻だな。


「その日の天気は覚えてる? 雨が降ってたとか、曇ってて薄暗かったとか」

「それは覚えてる。あのあと休み時間で校庭に行ってあそんだから、晴れてたよ」

「そっかぁ」


 これで窓ガラスの反射説は消えたね。

 気を取り直して次、いってみよう。


「教室の後ろにも黒板があったよね」

「うん」

「後ろの黒板にさ、鏡が置いてあるとか……」

「先生がカガミを見ていたから選んだのを当てた、ってこと? ないない」


 ヒナちゃんが少しうつむくようにして、顔の前で右手をぶんぶんと振った。


「黒板には時間わりとかクラスのもくひょうとかがはってあって、カガミをおくところなんてないもん」

「その時だけ、こっそりと先生が鏡を置いた可能性は?」

「それもないなぁ。あたしがタカムネに怒ったときふり返ったけれど、後ろの黒板にカガミなんてなかったと思うよ」


 あやふやな感じはなく、はっきりと否定されてしまった。


「これもダメかぁ」


 予想はしていたけれどため息が出ちゃった。

 もともと鏡に映った説はちょっと無理があったし。仕方ない。


「あとは何だっけ?」


 道路側を向いて、おじさんに話を振った。


「どの線を選んだか、みんなに分かるように教えるよね。そのとき二人がチョークの線に直接触っていたか覚えてる?」


 あ、それそれ。

 意外とこういう単純なことだったんじゃないかと思うんだけれど。


「どうだったかなぁ……」


 ヒナちゃんは歩きながら空を見上げて、思い出そうとしている。


「あぁ、思い出した! カイトが選んだときは線にさわってなかったよ。声を出さずにオーバーなかっこうで黒板を指さしていたのよ。おかしくってわらっちゃいそうになったから。ミオちゃんのときはおぼえてないなぁ」


 どちらか一人でも触れていないのなら、稲本先生はこの方法で当てたわけじゃないってことよね。

 ほんと、ため息しか出て来ない。

 可能性が低いっておじさんが言ってた最後の方法だけど、一応確認しとかなきゃ。


「線はどんな感じで書いてた? 黒板のどのあたりに書いたとか、線と線の間をかなり空けて書いたとか」

「先生は黒板のまん中に書いてたよ。これくらいはなしてたかな」


 ヒナちゃんが両手を広げて示したのは三、四十センチくらいだった。この程度しか離れてないなら、視線を追ってもはっきりとは分からないよね。

 昨日考えたのは全滅かぁ。

 となると、やっぱり超能力? んな訳ないだろうし。


「もぉお手上げなんですけどー」

「ぜぇぇったいに、なにかあるはずなのよね」


 ヒナちゃんは口をへの字にして見上げてくる。助けを求めにおじさんを見た。


「教室の席の並びを聞きたいんだけれど」

「え、席?」


 ヒナちゃんが驚くのも無理はない。おじさんは何を聞きたいんだろう。

 そういえば、もう一つ可能性があるようなことを言ってたっけ。


「列の長さってみんな同じ? 例えば、この列は五人だけど、あっちの列は六人いるとか」

「よく知ってるね、おじさん。五人の列と六人の列があるよ」

「六人の列はいくつある?」

「あたしの列と窓がわと……廊下から二ばんめ、全部で三つかな」

「その三つの列の一番後ろに座ってる中で、一番まじめな子は誰?」

「それはソースケだよ。この人はとにかくまじめだから。朝はすっごくよわいけど」


 そういって彼が本来いるはずの場所に向かって、ヒナちゃんが指をさす。


「そうか……ソウスケ君かぁ……」


 おじさんがあごのヒゲを撫でながら微笑んだ。

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