第四話 どうすれば……

 まず思いつくのは見ていないふりをして実は見ていた、って方法かな。

 でも、どうやったらそんなことが出来るんだろう。

 前を向きながら横目で後ろを見ようとしてみる。無理。真横ですら見えないよ。

 稲本先生はメガネをかけてるから、背中側の黒板をレンズに映して見るとか――そんな風にしても後ろが見えるわけないかぁ。もしメガネで前も後ろも見えたら、歩くのにも不便そうだし。


「どう、何か思いついた?」

「選んだ結果が分かるということは、こっそり見ていたんじゃないかと思ったけれど……。なかなかいい方法が見つからなくて」

「着眼点としては良いと思うよ。ピタリと当てるには、自分の目で見ているのが一番確実だからね」


 そんな風に言ってもらえると自然と口元がゆるんでしまう。鼻までぴくぴくしちゃってるかも。


「ただ、みんなが見ている中で黒板を見るなんて、不可能じゃないかな」


 ん? 今わざと直接を強調したね。えーと……。


「そっか! 直接じゃなくて間接的に見たかもしれないよね」

「そうそう。推理の進め方としては良いね」


 間接的に見るとしたら、なにかに映ったものってことよね。そう考えるとメガネも間接的なやり方の一つだったんだ。これはダメとして、他に映るものと言えば――やっぱり鏡かなぁ。


「例えば、教室の後ろにこっそり鏡を置いておくってのはどう?」


 おじさんはゆっくりと二、三回うなずいた。


「先生から見える位置に鏡を置いておけば、黒板に背中を向けていてもどれを指さしたか分かるでしょ」

「なるほど。鏡はいつ置いたの?」

「……そう、テストをやっている時ね。みんなテストに集中しているから、その時にこっそりと置いたのよ」

「筋は通っているし、いい推理だな」

「ほんと!?」


 いきなり当てちゃったかも、わたし。


「でも難点もある。みんなに見つからないように、どうやって鏡を回収したのか。鏡を置いたままだとすぐにバレちゃうよね」

「……うん」

「もう一つは稲本先生が眼鏡をかけているってこと」

「どういうこと?」

「目が悪いのに、教室の後ろへ置いた鏡が見えたのかな」


 あっ、そうか。大きな鏡なら何を選んだのかが見えたかもしれないけれど、それだと簡単に置けないし、子どもたちにもすぐに分かっちゃうし。


「やっぱ外れかぁ」

「そうとも言い切れないさ。あり得る話だし、今の時点では情報が少ないから候補の一つとして残しておいてもいいと思うよ」


 よし、気を取り直して他の方法を考えよう。

 うーん……と頭をひねりながら、窓越しに外を眺めた。

 事務所は一階なので表通りを歩いている人たちが目に入る。もう十一月になって寒くなってきたからコートの人も目立つようになった。日が落ちるのも早くなって、まだ五時半なのに暗くなってきている。あっ!


「分かった、ガラスよ、窓ガラス。今も事務所の中が映ってるもん」


 これなら鏡の代わりになる。


「黒板に背中を向けながら何気なーく外を見るふりをして、窓ガラスに映ったのを確認した。これなら鏡みたいに後で回収しなくても済むでしょ」

「確かに回収は必要ないね。でも後ろの様子を確認するには真横を向くぐらいじゃないと見えないかもなぁ。それに外が暗くないと鏡のようには映らないな」


 正解かと思って湧きあがった自信が、あっという間にしぼんでいく。


「全く可能性がないわけじゃない。天気が悪くて雨が降っていれば、昼間でも外が暗くて鏡の代わりになるよ。これも保留だね」


 おじさんのフォローも響いてこない。

 もう他には思いつかないよ。


「自分の目で見ていなかったとしたら、どんな方法があるかな」


 おじさんに勉強を教わっているみたいになってきたな。


「見ていないのに当てるなんて、やっぱり超能力ってことになっちゃうんじゃないの」

「でも何かトリックがあるとしたら? どの線を指さしたか後で見ても分かるような、事件が起きた後に警察が現場で証拠集めをするみたいにさ」


 ドラマなら鑑識さんが来て指紋を取って……あれって、どこに触ったのかを探していくから……。


「チョークで書いた線なら、触ればそこだけ色が薄くなるよね。指紋までわからなくても、どの線を選んだのか後でもわかるはず」

「選ぶ役目の子たちが線に直接触っていたか、確かめる必要があるね」


 あとはヒナちゃんにもう一度話を聞くしかないか。


「見ないで当てる方法なんて、もうないでしょ」

「そんなことないさ、まだいくつかあるよ」


 マジか。どんだけの方法を思いつくのよ、おじさんは。


「三本の線を離して書いておけば、みんなの目の動きでどれを選んだか分かると思うよ。話を聞いた感じだと可能性は低いけれどね」


 右、真ん中、左。自分で見ているイメージで首を動かすと、おじさんの言っていることがよくわかる。クラス全員がこんな動きをしてたら、黒板を見ていなくても当てられるはず。


「他には?」

「もう一つあるけれど、それはヒナから話を聞いてみないと――ぉごっ!」

「なんでここまで来て出し惜しみするのよっ!」


 今度はきれいに左の裏拳が決まった。


「理由はあるんだけどさ、まぁとにかく明日でもヒナに聞いてみようよ」


 しょうがない。

 わたしにはもうこれ以上は思いつかないし、ヒナちゃんからの事情聴取まで待つことにしよう。

 

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