第三話 全方位視認「ゴッドアイ」

「その後がまた大変だったんだって。男の子たちが『稲本先生は超能力を使える!』『超能力者イナモトだー』って大騒ぎになったみたい」


 今日も学校帰りに事務所へ寄った。誰も来ていなかったけれど、今朝聞いたヒナちゃんからの話をおじさんに聞かせた。


「稲本先生って知ってる?」


 テーブルの上に置いてあるおせんべいに手を伸ばす。


「知ってるよ。眼鏡かけてお茶の水博士みたいな髪型の先生でしょ?」

「誰よ、お茶の水博士って」

「え、知らないの。鉄腕アトムに出て来る鼻の大きな博士」


 あぁあの博士、そういう名前なんだ。確かに髪型はあんな感じだ。


「あの先生、自転車で通ってるんだよ。ちょっとお洒落なキャップを被って、雨の日以外は颯爽と現れて挨拶していくよ」

「へぇ、そうなんだぁ」


 おじさんは登校班の付き添いの後、校門前の横断歩道で旗を持って見守りをしている。あの先生は来るのが遅くて予鈴ギリギリとか、その先生は冬でも日傘をさしてくるとか、通っていたわたしが知らないような情報も持っていた。


「で、どう思う?」

「何がだよ」

「何がって、稲本先生の超能力に決まってるでしょ!」


 最後の一枚となったおせんべいもわたしがゲットした。


「あー、もぉ俺の食べる分がないじゃん。ちょっとは気をつかえよ」


 どこからか聞こえてくるクレームはスルーしておく。


「その力が本物だとすると大変なことになるわね」

「例えば?」


 そんなに不満そうにしなくてもいいじゃない。仕方ないから、半分に割ったおせんべいをおじさんへあげた。


「だって、もし本物の超能力ならテレビが放っておかないでしょ。もうSNSで広まっちゃって、取材の申し込みが来てるかもしれないよ」

「ほんもほなはへ」


 ん? 本物ならね、って言ったのか。おせんべいを食べながら返事しなくてもいいのに。


「本物だとしても――いや、本物だからこそ、表には出てこないのかも。超能力でSNSに上がった情報も片っ端から削除してるんだ、きっと」

「先生の超能力って、見ていなかったものを当てるだけじゃ――ぁがっ!」


 楽しい楽しい妄想の時間は誰にも邪魔はさせない。

 おじさんのお腹にめり込んだ右こぶしを引き抜き、にやりと笑ってやった。


 そう、稲本先生は人間ではなく、地球外生命体イナモトだったのね。

 地球侵略のために長い間、彼は小学校の教師として色々な情報を集めて本星へ送っていた。

 そしてその役目を終える日が近づいたとき、自らの気持ちに気づいてしまった。地球人たちに親愛の情を持ってしまったことを。

 イナモトは悩み、考えた。そして一つの方法を思いつく。

 正体を明かしても人々が受け入れてくれるなら、侵略ではなくこの地球で共存が出来るのではないか。

 その手始めとして特殊能力――全方位視認ゴッドアイ――を子どもたちの前で披露した。はたして取り巻く人たちは彼を受け入れるのか、そして本星の判断は……。


 一息つくと、あきれたようおじさんがわたしを見ている。そのお腹へ左裏拳を打ち込もうとしたけれど、動きを読まれていた。両手で受け止めると「終わったかぁ?」と一言。

 まぁしばらく黙って見守っていてくれたから許してあげよう。


「やっぱり……超能力は、無し?」

「普通に考えれば……ね」


 そりゃそうだよね。分かってはいたんだけどさ。

 でもヒナちゃんの話を聞くと、男の子たちが信じてしまうのも無理はない気がする。


「どんなトリックがあるかなぁ」

「少し考えてみようか」

「ひょっとして、もう分かっちゃってるとか」

「さすがに朋華の話を聞いただけじゃ分からないよ。こういう方法かなってのはあるけれど、ヒナに確認してみないとはっきりしたことは言えないな」


 ちょっと上から目線的な言い方が気になるけれど。

 よし、おじさんより先に謎を解いてやるっ!

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