超能力者イナモト
第一話 ヒナちゃんの憂鬱
「男ってバカよね」
唐突に人生を達観したようなことを言われて、思わず動揺してしまった。
「あ、う、うん、そうだね」
返す笑顔が固いのも自覚してるけれど、彼女は気にするそぶりも見せない。
「いっつも、くだらないことばっかりして」
「仕方ないよ。いくつになっても子供みたいなところがあるから」
「ほんと、こどもなんだから」
二時間ドラマで、場末のカウンターを挟んでグラスを傾けながら店のママさんとお客さんが交わしている会話――ではなくて、相手は小学三年生のヒナちゃん。
かなり小柄な彼女だから、余計に見た目と話す内容のギャップがあって戸惑っちゃう。
いつものように小学校の登校班と一緒に学校へ向かっている途中、ヒナちゃんから話しかけられた。今朝のおじさんは列の後ろの方でメイちゃんと並んでいる。
で、よくよく話を聞くと、国語の授業でさされた男の子が、黒板の前に出ても答えを書かずにふざけていたのが彼女は気に入らなかったらしい。そのうち、他の子も一緒になって騒ぎ始めて収拾がつかなくなったみたい。
「だってさぁ、わかると思ったから手をあげたわけでしょ。それなのにふざけてるってどういうことよ」
昨日の出来事なのにまだ怒ってる。
「あたしも朋華ちゃんくらい背が高ければなぁ。いいかげんにしなさい、ってあいつらの頭を後ろからひっぱたいてやるのに。朋華ちゃんはさぁ、小学生のときから大きかった?」
「わたしは中学に入ってから急に背が伸びたの。三年生のころは背の順で真ん中くらいだったかな」
「あたしは女子でいちばん前。全体ではクラスで二番目、一番小さいのはこの人」
そう言って前を歩いている男の子を指さした。
「ねっ、ソースケ!」
いきなりランドセルを後ろからパンっと叩かれ、ソウスケ君がびくっとなった。
でも、振り返らずにまた歩き始めている。そっと顔をのぞき込むと、やっぱり今日も眠そう。
彼は朝が苦手みたいで、登校班に遅れてくることも多い。時間通りに来ても、眠そうな様子でぼぉーっと歩いている。わたしはまだソウスケ君の声を聴いたことがないかもしれない。
「ちょっとあんた、聞いてんの?」
そんなことにはお構いなしに、ヒナちゃんがずいっと前に出て彼の隣に並んだ。
やることといい話し方といい、中身はオバサンじゃないの?
思わず吹き出しちゃった。
「ソースケの方があたしよりちょっとだけ小さいでしょ? その話をしてるのよ」
ランドセルに右手を置いて肩を組むようにしながら、彼に同意を求めている。
「うん」
あっ、三年目にして初のソウスケ君の生声だ。ヒナちゃんに促されるままうなずいた。
それに満足した彼女は一歩下がって、またわたしの隣を歩く。
「この人はねぇ、学校だとまじめだし、けっこうしゃべるのにほんと朝がダメなのよね」
やっぱり近所のオバサンだ。
「さっきの話だけれど、ふざけている子を先生は注意しないの?」
「太田先生が胃腸炎で休んでて、代わりに副校長先生が来てたんだよ。注意はするけれど、副校長先生は今年うちの学校へ来たばかりだし、あいつら言うことを聞かないのよ」
「そうだったんだ」
確か、わたしが五年生の時にきたのが太田先生。低学年を受け持っていたけれど若くてかわいい感じだったので覚えてる。
「太田先生は知ってるけど、副校長先生は分からないなぁ」
「おばさん先生。背が高いよ。朋華ちゃんと同じくらいかな。あたしもあんまりしゃべったことないからよく分からないけどやさしい感じ」
あー、だから男の子たちは先生の言うことも聞かずにふざけていたのか。
「他の男の先生に来てもらえばいいのにね」
「朋華ちゃん、正解だよ。次の時間からは稲本先生に代わったの」
「あの先生、まだいるんだ」
わたしが転校してくる前からいたはず。もう定年になって辞めたと思ってた。
「いまはクラスの担任じゃなくて、少人数教室で算数をおしえてるよ」
そうだよね。もうお爺ちゃんだもの、担任は厳しいかも。
稲本先生ってあまり怒らないけれど笑顔も見せないから、男の子たちを注意するのには効果がありそう。
「それじゃ、教室も静かになったでしょ」
「それがさぁ……」
ヒナちゃんの憂鬱にはまだ続きがあったらしい。
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