第六話 山より大きな獅子は出ない

「チョー納得なんですけどぉ」


 ユウキちゃんが笑顔で大きくうなずく。


「もぉ! ママったら、ちゃんと話しておいてくれればいいのに」


 ふくれっ面をしてみたものの、ちょっと安心したところもある。知らない人が持って行ったのなら、やっぱり不気味だもの。


「あくまでも俺の推理だから、一応お母さんに確かめてみなよ」


 そして、急にユキさんが一言。


「ストーカーじゃなくて、よかった」


 あ……まだこっそりとストーカー説を捨てていなかったのね。それだけ心配してくれているというのも、ありがたいと思わなきゃいけないかな。

 こうして消えた自転車の謎解きが終わった。


🚲


 あの自転車の件はおじさんの推理通り、ママが駅まで乗っていったからだと分かった。

 面倒くさがりなのは遺伝なのよねぇ。少しずつ意識して変えていかなきゃとは思うけれど。


「どうした? やっぱり正弦定理とか覚えるのは面倒?」

「うーん……正直言っちゃえばだけど、そうも言ってられないしねー」


「山より大きな獅子は出ない!」


 いきなりおじさんが声を大きくした。

 選手宣誓する人みたいに正面の遠くを見ながら胸を張っている。


「何それ?」

「え、そのままの意味だよ。とても大きいと言われている獅子がいたとしても、自らが住んでいる山よりも大きいやつはいない、ってこと」


 意味わかんない。

 数学を教えてもらっていて、何で急にライオ獅子ンが出て来るのよ。


「高校までの数学ってさ、必ず答えが出るんだよ。どんなに難しい問題だとしても、その問題文の中に答えが隠れてる。どんなに大きな獅子でも、住んでいる山の中に隠れてるのさ」


 松岡修造のように熱く語っている。まぁ言いたいことは何となく分かった。


「パズルみたいなものだと思ってもいい。ピースがバラバラでも必ずひとつの形になるでしょ?」

「まぁ……パズルはね」

「山の中に隠れている獅子を追い詰めていくには道具が必要になる。手ぶらで追って行っても逃げられちゃうからね。数学では、その道具が公式や定理なんだよ」


 ほぉ、敵を追い詰めるために定理を使うのか、敵を追い詰め――。


 ふっふっふっ、もうおしまいだな。

 右は辺aで抑えた。左には辺cが控えている。

 この角Bの範囲に追い込んだからには貴様の逃げ道はなーいっ!

 わたしは右手を掲げ、手へんのいんくうに切った。

「我に導かれし因果の鎖よ。星の嘆きは地より深く、鳴動するは大地の怨鎖と知れ!

 コサイン・スィ余弦定理オロム!」


「おい、聞いてる?」


 おじさんに現実世界へ呼び戻された。


「ごめん、ちょっと自分なりの覚え方を考えてて……」


 そう言ってごまかしておく。あながち間違いではないけれど。


「おぉ凄いじゃないか。いいことだよ、それは。教科書に書いてあることを自分で消化していくと必ず身につくよ」


 いや、そこまで褒められちゃうと心が痛む。詠唱文を考えてたとは言えなくなっちゃったよ。


「実はさ、俺も高校のときに例題を自分なりの方法で解いたことがあって。次のページに模範解答があることを知らなかっただけというオチなんだけどね。でも、その時の数学の先生がすごく褒めてくれて、『教科書通りのやり方じゃなくてもいいんだ』って思ったんだよ」


 すっかり熱血先生になってるなぁ。

 こんなに熱い教え方してくれたら、数学の授業ももう少し面白くなりそうなのに。


「でさ、その時の先生の口癖が『山より大きな獅子は出ない』なんだよ」

「へぇ。そこで話がつながるんだ」

「朋華もさ、自分なりのやり方を見つけて行けば、必ず数学の成績も上がるから。俺でよければいつでも勉強も見てあげるから、頑張って」


 そこまで言われちゃったら、やるっきゃないよね。成果は期待しないで欲しいけど。

 まずは出来ることから。

 山の中問題から答えをあぶりだすためには、面倒くさがらずに武器定理や公式を身につけなきゃ。魔力の開解き方放はその後ね。


「途中で投げ出さないでよね」

「それはこっちの台詞だよ」


 頼りにしているからね、おじさん。




―消えて現れた自転車  終わり―

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