第二話 消えた自転車

 あれは塾に行き始めて間もない九月の話。

 塾から帰って来たときにマンションの前に置いた自転車が、いつの間にかなくなってた。もっと不思議だったのは、その自転車がまたいつの間にか元の場所に戻っていたこと。

 それをおじさんやユウキちゃんに相談したら、ユキさんが――ふふっ。今、思い出しても笑っちゃう。いまさらだけど、廻りの人が色々と心配してくれて、恵まれてるんだな、わたし。

 最後にはおじさんがすっきりと解き明かしてくれた自転車の謎は……。



「ただいまー」

「おかえりなさーい」

「朋華ちゃん、おかえりー」


 おじさんに続いて聞こえてきたのはユウキちゃんの声だ。顔をこちらに向けずにパソコンを見ながら、左手を軽く挙げている。またマイクラをやってるんだな。

 おっと、ユキさんもいた。あいかわらず静かに二時間ドラマを見てるし。

 二人とも、ここが探偵事務所だと言うことを絶対に忘れているよね。もちろん、わたしもそうだけど。


 お隣にある喫茶店『輪舞曲ロンド』の元マスター、ユキさんはおじさんのお父さんと親しくて、小さい頃からの知り合いみたい。わたしから見ても絶妙な距離感での信頼関係が出来ていて、たまにここの留守番もしているダンディなおじいさんだ。まさに、ザ・遠い親戚より近所の他人という感じ。

 わたしより三歳下のユウキちゃんもおじさんと相性がいいらしい。

 週初めの月曜から、常連ともいえる三人が揃ったってわけだ。

 最後に来たわたしはソファに鞄を投げ出してドサッと座った。


「はぁー疲れたぁ」


 背もたれに寄りかかって両足を投げ出す。少しずり落ちるとスカートがまくれてひざが見えた。


「もう、お年頃なんだからそんな恰好はやめなさいっ」

「おやつ食べたーい」

「手洗いとうがいが先っ」


 もぉほんとママより厳しいんだから。奥の流し台で手を洗ってうがいを済ませ、ソファへ戻るとチョコでコーティングしたビスケットが置いてあった。

 これ大好きなのよねー。


「わたしも食べるー」


 ユウキちゃんの手が伸びてきたので、お皿を持って差し出した。

 あっという間にお皿の上が空っぽになった。


「おかわりー」

「もう食べ終わっちゃったの? これ、高いんだぞ」

「うん、知ってる」


 なんだかんだ言っても、残りも出してくれるおじさんが好き。

 これ、二枚のビスケットの間にキャラメルタイプのクリームがはさまってて、全体をチョコでくるんでいるので甘みはかなり強め。きっと毎日食べてたら飽きちゃいそうだけど、たまに無性に食べたくなる。

 そしてお皿は再び空になった。


「そんなに食べたら夕ご飯を食べられなくなっちゃうんじゃないの?」

「平気。別腹だから」

「出た、スイーツは別腹説。そんなこと言ったってご飯も食べるから、結局は太――ぉごっ!」

「みなまで言うな」


 左の裏拳をお腹にお見舞いしてあげた。


「どうせママの帰りは遅いから、それまでにはお腹が減るよ」

「金曜から出張でいないって言ってなかったっけ。もう帰ってきたんだ」

「うん、一泊だけだったから土曜日の夜に。そう言えば、金曜にちょっと不思議なことがあって」


 そう、ちょっと不思議。て言うか、よく考えると気味が悪い。


「どうした?」

「木曜日にさ、これから塾だって言ったでしょ?」

「あぁ言ってたね」

「あの日の夜、帰ってくるのが遅くなったから面倒くさくなって自転車を外に停めたままにしたんだ」


 おじさんは黙って聞いている。私はわざと声のトーンを落とした。


「そうしたらね……いつの間にか自転車が消えちゃったの」

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