第四話 論理的思考

「朋華の進め方もオーソドックスなやり方で悪くなかったよ」

「何、その上から目線」

「そういうつもりじゃないけどさ。今回の話は、まず教室を出て行った順番を考えてみるのがいいんじゃないかな」


「どういうこと?」

 カンナちゃんが聞いた。


「六人が残っていたけれど一度に教室を出たのではなく、一人ずつ出て行っている。誰が残っていたのかを考えれば、順番も分かるでしょ?」


「あの話だけで分かるの?」

 今度はリンちゃん。


「嘘をついているのは箱をつぶした一人だけで、他の五人は嘘をつく必要がないから本当のことを言ってるはずだよね?」

「うん。そうだと思う」


 リンちゃんの言葉にカンナちゃんもうなずく。

 なるほどぉ。悔しいけれど、さすがおじさんね。


「それならば、みんなの話を一つずつ整理していけば分かるはずだよ。朋華、メモしてくれる?」

「オッケー」

 ペンを持って、新しいメモ用紙を用意した。



「まずは一番簡単な所から。最後に残っていたのは誰?」

「さっき朋華ちゃんも言ってたじゃん。ヒカルだよ。最後だったって自分で言ってたし」

「その通り。それじゃ最後から二人目は?」

「えーと……タケシ! ヒカルしかいなかったって」

「そう。この時点で教室にはヒカルとタケシがいる。次に残ってたのは?」


 メモ用紙にはヒカルの上にタケシ、と縦に並べて書いた。


「えー、誰だろう?」


 カンナちゃんが悩んでいると、リンちゃんが声をあげた。


「わかった! ハヤテだ。私が教室へ行ったときに階段ですれ違ったよ」


 おじさんがOKサインを出すと、彼女はニヤリと笑った。


「リンちゃんは教室にタケシとヒカルがいた、って言ってたから、さっき考えた順番とも一致するよね」



「残る三人も、よーく話を思い出してみれば順番が分かるはずだよ」

「分かった!」


 思わず大きな声を出しちゃった。


「ケンタ君は『教室には三人が残ってた』って。ここで出たのね」

「正解。あと二人は――」

「サワトはリョウのことを追いかけたって言ってたから、リョウが一番最初に教室を出たんだよ」


 カンナちゃんがメモを指さす。


「リョウ君は教室に一人でいたことなんてなかった、って言ってたしね」


 メモには上から順に、リョウ、サワト、ケンタ、ハヤテ、タケシ、ヒカル、と六人の名前が書かれている。



「教室を出た順番は分かったけれど、これと学校公開がどう絡むっていうのよ」


 リンちゃんと一緒にメモを覗き込んでいるおじさんにツッコミを入れた。


「あのときは旧校舎の各階をまわっただろ。新校舎にはいくつか特別教室が移ったのも確認したよね」


 新校舎の特別教室って……たしか一階に図書室が出来たって……。


「え? ちょっと待って……」

 もう一度、メモを見る。


「わたし、分かっちゃったかも」


 顔を上げると微笑んでいるおじさんと目が合ったので、満面の笑顔を返した。



「それじゃ、朋華から説明してあげて」

「この謎を解く鍵はリンちゃんだったの」

「え、わたし!?」


 突然名指しされて驚いた顔をしている。


「六人の順番の中にリンちゃんを書き足すと……」


 メモのハヤテとタケシの間にリンと書き足した。


「この順番通りだと、ケンタ君はリンちゃんが教室にいたのを知らないはずよね」

「ホントだぁ!」

「ケンタ、図書室にいたって言ってたのに……」


「そう。新校舎の一階にある図書室から、旧校舎三階の教室は見えないよね。それなのに、リンちゃんが教室で何かを探してたのを知ってた。どこかに隠れていて、教室に誰もいなくなるのを待ってたんじゃないかな」


 わたしの説明をおじさんがフォローしてくれた。


「おそらくカンナちゃんが隠し持ってたものが気になって、こっそり見たかったんだろうね」

「でも、箱をつぶすことないのに……」


 カンナちゃんが口をとがらせる。


「わざとじゃないと思うよ。うっかり箱を落として踏んじゃったとか、そんな気がする。意地悪するつもりならば、どこかへ隠したり捨てちゃったりするだろうし」

「ケンタ君はカンナちゃんのことが好きなんじゃない? それで気になっちゃったんだろうなぁ」


 やっぱり動機はやきもちだよ、きっと。

 男の子もバレンタインデーを気にしてたんだね。


「カンナちゃんは誰にチョコをあげたの?」


 気になって聞いてみた。


「マナト、シュンタ、リョウヘイ、ケイスケ、ハヤテ――」


 思い出しながら指を折って数えている。


「ケンタ」

「なんだ、ケンタ君もチョコをもらってるんじゃない。今頃、謝らなかったことを後悔してるんじゃないかなー」


 そう言うと、彼女は口をへの字にして困ったような表情を見せた。


「どちらにしろ証拠がある訳じゃないし、ケンタ君を責めないであげて」

「……わかった。おじさんがそう言うなら、そうする」


 これにて一件落着。

 ヒントはもらったけれど、自分で謎解きをしてスッキリした。

 すっかり怒りも収まったカンナちゃんが一言。


「なんか、おじさんて探偵みたーい♪」


 ふふっ、そうね。

 あなた達のボディガードだけじゃなく、探偵も出来るみたいよ。 



「それでね、これ――」


 カンナちゃんがランドセルから取り出したのは、箱がつぶれたチョコレートだった。


「いつも、おじさんが登校班に付き添って守ってくれてるから、そのお礼」

「そういうことだったのか……ありがとう!」


 おじさんはとってもうれしそう。

 やるなぁ、カンナちゃん。将来、同性からあざとい女と呼ばれるんじゃないかと、お姉さんは心配になっちゃうな。



 二人を見送ってソファーで落ち着く。


「よかったね、チョコもらえて」

「まさかカンナがくれるなんて思ってもいなかったよ」


 つぶれた箱を見ながら笑みを浮かべたおじさんが、顔を上げた。


「で、話があるんだろ。さっき何か言いかけたところで二人が来たから」


 覚えてたのか。

 今日はもういいかとも思ったけれど……話して帰ろう。

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