凶器はどこへ

第一話 学校公開

「内緒だよ」

「分かってるよ! でも、すぐにバレちゃうんじゃないかなぁ」

「大丈夫。きっと気づかれないから……」



「どうだい? 久しぶりの母校は」


 年が明けて一月も終わるころ、わたしが卒業した小学校では数日間にわたって学校公開をする。親だけじゃなく、地域の人や来年から小学生になる幼稚園生も見に来たりして、割とわちゃわちゃした行事だ。

 登校班の付き添いをしているおじさんは、毎年学校から招待されているらしい。先週土曜日に開催した高校の合唱コンクールの振り替えで今日はわたしも休みなので、おじさんに誘われて一緒に小学校へやってきた。


「やっぱり懐かしいね。変わってないなぁ」


 玄関ホールを通り抜けて階段を上がり、二階へと向かう。


「あれっ!? この階段、一段が低くない?」

「それは朋華の感覚が正しい。階段の段には建物の用途ごとに高さの制限があって、小学校と高校では違うんだよ。小さいこどもも使う小学校の方が緩やかになっているから」

「さすが、元建築士さんね」


 二階のホールは玄関と吹き抜けでつながっていて、一年生と二年生の教室が並んでいる。


「うわぁ、机がすごく小さく感じる」


 廊下から一年生の教室をのぞいて、ある意味ショックを受けた。

 わたしったら、こんなに可愛い机を使ってたのか。

 椅子も低いし何か不思議な感じ。


「それだけ朋華がデカくなった――ぁがっ!」


 おじさんの左脇腹に右拳が食い込む。


「い・い・か・た。乙女に向かってデカいとか言わないでしょ、普通!」


 ほんと、おじさんは繊細さに欠けるのよ。


「もぉ……腹パンは止めろよぉ」


 そう言いながらも、いつもと同じように怒ったそぶりは見せない。

 わたしには甘いからね。



「それにしても朋華が卒業してもう四年経つのか。あっという間だな」

「知っている先生もほとんどいなくなっちゃったし。でも、たまに来るのもいいね」


 廊下の壁に貼られている一年生の絵を見ながら、あの頃を思い出す。

 ママが仕事で忙しくて来れない時も、おじさんは必ず見に来てくれていた。学校公開だけじゃなく、運動会も学芸会も。



「こんにちは」

「あっ、このおじさんしってる!」

「毎朝、横断歩道のところにいますよね」


 休み時間になって教室から出てきた子たちに次々と声をかけられる。


「相変わらず、人気者だなー」

「まあな」


 登校班の付き添いを兼ねて、校門前で朝の見守りもしているから子どもたちには抜群の認知度を誇っている。

 百八十センチを超えるおじさんが、ちいさな子どもたちに囲まれてうれしそう。


「おねえちゃんだ! 先生も!」


 その声は一年生のユウタ君ね。

 わたしも登校するときに班と一緒に途中まで行くことが多いので、顔見知りの小学生も多い。

 振り返ると、きれいなマッシュルームカットをなびかせてユウタ君が小走りで寄ってきた。

 ちなみに、彼はおじさんのことを登校時についてきてくれる『先生』だと今でも思っている。


「なにしてるの?」


 え、何してるのと言われても……。


「今日は学校公開でしょ。みんなが授業をしているところを見に来たんだよ」


 このあたりの返しは、さすがおじさん、って感じ。反応が早いんだよなぁ。


「ママもさっきまで来てたんだよ。もうかえっちゃったけど」

「ユウタ君のお母さんもお仕事してるからね。来てくれてよかったね」


 月曜日なので人は少なめだけど、それでもお母さんやお父さん、なかにはおじいちゃん、おばあちゃんらしき人もいる。教室への出入りも自由だから見たい授業をちょっとだけ見ることが出来るのも、学校公開のいいところだって前にママが言ってたっけ。


 それじゃまたね、とユウタ君と別れて黄色階段(赤階段は体育館の横、緑階段はホールの奥、など階段がいくつもあるから色で区別してる)を上り始めた。


「朋ちゃん!」


 踊り場のところで、下りてきた女の子に声を掛けられた。いつもの三つ編みに赤い縁の眼鏡も似合っていて可愛い。


「久しぶりぃ。どこ行くの」

「これから図書室で授業なの」


 彼女は四年生の智海ともみちゃん。去年の町会対抗運動会で知り合った。

 この運動会は小学生が対象なんだけど、卒業した後もおじさんと一緒に手伝いをしている。

 そこで彼女とは『ともちゃん』同士で仲良くなった。漫画の話で盛り上がったり、町会対抗で運動会をするのもイマドキ珍しくていかにも下町っぽいよねぇなんて話もした。


「お、Wトモトモじゃないか」

「おじさん、こんにちは」

「なんかそのネーミング、ダサくない? 売れないお笑いコンビみたいで」

「そうかぁ。アイドルっぽいじゃん」


 うーん、やっぱ感覚が昭和ね。


「じゃ朋ちゃん、またね」


 バイバイ、と手を振って智海ちゃんが下りていく。


「ほらぁ、ダサい呼び方するから行っちゃったじゃない」

「もうすぐ授業が始まるからだろ」


 おじさんを助けるようにタイミングよくチャイムが鳴った。

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