第105話 きっと僕も

 一家心中を目撃した。

 沈む車の中に人が乗っていないことを祈るしかなかった…。

 いや…そんな気持ちすら、その場では湧かないのだ。


 僕が見ていた車の中には人が乗っていたそうだ。

 どんな気持ちなんだろう、想像もつかない。

 冷たい海水が徐々に入って来る恐怖、それすら受け入れられてしまうほどに絶望していたのだ。


 僕はホテルの清掃バイトの途中だった。

 そのホテルにはGOTOを利用して遊びに来る客で満室だったのである。

 その窓から自殺している家族を眺めているわけだ。


 現実とはこういうものだ。

 解っているのだが…この現実を政府は見たことがないのだろう。


 かたや自粛の意味を解せぬ家族、その外で自殺を選ぶ家族がいる。

 地獄って、こういうことなんじゃないかな?


 GOTOで遊び金の補填をすることが、本当に正しいのか?

 何が大切なのだろうか?


 怒りも悲しみも湧かない自分、『楽』を背にして『哀』を眺めていたわけだ。

 きっと僕も麻痺しているんだ。

 みんな、麻痺しているんだ。


 10万あれば救えたとは言わない。

 だけど…この政府は命を守る気などない、それだけは解る。


「旅行に行きますか?」

 そんな街頭インタビューは必要か?

 報道ってそうじゃないと思う。


 僕がまだ、新聞記者をやっていたなら、きっと写真を撮って記事にしただろう。

 それなりの金と引き換えにして…。


 人は優しくなんかない。

 皆、自分より悲惨な人間を見て安心したいだけなのだ。

 その場に集まった野次馬は、誰も心配などしていなかった。


 非日常をライブでアリーナで観て愉しんでいただけなのだ。

 きっと僕も…。

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