第28話 夏への一歩
「497、498、499、500!! うっし、肩回りのリハビリはこんなもんにしてっと」
早朝の霧がかった早朝のとある平原、もう5月だというのにまだ肌寒い中タオルを持ちシャドーピッチングをしていた。
「熊谷(くまがい)さーん! いつものお願いしてもいいですか!!」
「はいよー、いま厩舎から一番元気がいいの連れてくるから少し待っててねー」
返事を聞き汗を拭いながらふとポケットに入れていたスマホを見ると、雪からのメールが何件も届いていた。
あの日以降俺は雪の親父さんに気を使い連絡を取っていなかったのだが、それでも雪の方から週に一度雪からメールが送られてくる。
夏の甲子園が終わってからの付き合いだから、もう少しで1年になるのか。
「そんなに懐かれる覚えはないんだけど、何が理由で俺に構うんだか」
ケガが完治したと偽って菜月の守備練習に付き合った1か月前に比べれば大分良くなってきたが、夏の大会までに治す気があるなら本来は動かない方がいいのは言うまでもないが、それ以上にギプスを着けずに過ごしていた期間がまじめに着けていた時より短いのが問題であって。
足のヒビは全く気にならない程度に治っているが、またぶり返す可能性もあるわけで。
「鉄は熱いうちに打てって言葉を作った人はきっと頭が悪いんだろうな! うんそうに違いない」
そもそも言葉の意味を間違えて理解している可能性もあるが、気が変わる前に行動するのは別に悪い事ではないんだよなぁ、自分の身体状況を理解してれば尚いいだろうけども。
「連れて来たよーうちで1番元気のいい牝馬だよ。今日はいつもの速さでいいのかい?」
「はい、軽めで1000を1分半から2分程度でお願いします」
「わかったよケガだけは気を付けてね」
「それはもちろん」
綺麗な栗毛の馬がトコトコと牧場のトラックへ入って行った。
「そういえばいつも相手してもらってた馬の方はどうなったんです?」
「あー、あの馬はね今はあと数年の老後を放牧させながら楽しんでるよ」
「もうそんなに経ってるんですね」
「そりゃあね、競走馬じゃなくて自由奔放に育てて欲しいって言ってたオーナーが手の平を返して自分の息子の特訓に使わせて欲しいって走らせ始めたのが3歳馬の時で、それからもう7年以上経ってるからね」
「そんなに経ってましたか」
「何回骨折したんだっけ?」
「今年までを含めたら20回以上ですかね、あの人馬の後ろ立っちゃいけないってしらないから」
おかげで反射能力は以上に高くなったが。
※
リハビリ1日目の特訓が終わりスマホを確認すると、今度は菜月からの不在着信が入っていた。
「折り返すか、なんの話があるのかは知らないが」
「もしもし?」
「なんの用だ、俺に電話掛ける暇があるなら少しは危機感を持って練習を――」
「その件なんだけど皆と話し合って結論が出たの」
「ほぅ、それは予想外だったな。不安だが話を聞こうか」
「言い忘れてたんだけど、来週の土曜日に練習試合が決まったの。その結果で決める事にしたの」
「それはいいが一ノ宮は?」
「一ノ宮さんの提案だったから本人は大丈夫だと思うよ、他の人たちを説得してくれたのも一ノ宮さんだから」
「マジか、明日そっちの方大雨にならないといいな」
「茶化さないの! それで負けた時はこの前祐介が言った条件で夏の大会に臨む、勝った場合はいままで通り。皆がやるからには勝ちたいって言ってくれたし」
「お前はそれでいいのか?」
「もちろん、楽しく強くなって皆が満足してくれるならそれでいいよ!」
「なら予定変更だな、試合の詳細をしえてくれ俺は試合の日に帰ることにするから。その練習試合にお前を指導してくれる人と見に行く、俺は負けることを祈っておくよ」
「うんじゃあまた後で送っておくね」
「あぁ試合の時に」
「うん、またね」
電話を切り止まらない汗を拭き取る、意図せずいい方向に向かい始めチームの結束が固まってきたことには少しの安堵となくならない不安が同時に溢れてくる。
ここからはやり方次第、負ければ成多さんの力を借りれる勝てば自力でどうにでもなることをあいつらが証明してくれてるだけ。
俺の賭けたチップは自身の将来の事だけ、それに見合わない物を俺は菜月たち女子野球部員たちに知らずのうちに賭けて貰っている。
全てを承知した上で、今回も失敗は許されない。
「よし、もう少しやるか」
川北高校に練習試合を申し込んでその場で取りやめてきたのが木曜日の話、函館にきてリハビリを始めたのが昨日の話そして今日は土曜日。
「来週ってあと8日しかねーじゃん」
※
そして、日曜を挟んで月曜日。俺は他にやることがあったのを思い出し、北斎高校へと朝練へと来ていた。
普段練習の始まる1時間前早めにグラウンドへと来ていたのだが、先に先客が二人来ていた。
「早いなお前ら」
「お、おはようございます!」
「そんな声張らなくていいよ、1年坊主が練習の準備してるのはわかるんだけど、なんで2人しかいないんだ?」
「他の4人はこの前の試合でスタメンだったので、いつも雑用をしている僕はいつも通りなんですけど小笠原君は手伝ってくれてて」
「どうしようもないはねっかえりばっかりだな今年の1年は」
人の事は言えないのだが不思議とそう思ってしまった、興味のないことは身内の事でも他人事のように思ってしまうのは俺の悪い所だな。
「少しだけ手伝ってやるよ、終わったら少しだけ練習手伝え」
「ありがとうございます!!」
「俺も1年の時は雑用、してたっけしてた気がするかえあ下済みってのは大事ってことを忘れちゃだめだぞ」
「はい! わかりました!」
そういえば俺の時は普通に和田野の仕事手伝った後に練習に来てたから、1年全員と和田野のみんなで朝練の準備してたっけ。
それから黙々と3人で朝練の準備をしていた、といっても俺が来た時点で8割程度は終わっていたらしく、俺が手を貸したのは10分程度だった。
「普段から少し早めに来て自主練してたりするのか?」
「いえ、僕は通常メニューについていくのが精一杯なので小笠原くんの練習に付き合う程度ですよ」
「ふーん、沢村君は試合に出たいとかあるの? 特に高校から野球始めたわけじゃん?」
「僕は去年の夏の甲子園で辻本先輩の姿を見てかっこいいって思って、元々東京に住んでいたので通常入学でここに来たんです。現実はそんなに甘くなかったですけど」
「はは、面と向かってそういうこといわれるとこそばゆいなそれ」
「丹下君もそう言ってましたよ」
あいつがファーストコンタクトの時にアピールが凄かったのはそのせいか、でもごめんな丹下。俺が野手出場の時はショート守るからお前とはスタメン争い的な意味で敵同士なんだ。
俺が仲良くできる野手は捕手と三塁手とサードだけなんだわ。
「沢村君」
「はい?」
「ピッチャーやってみない?」
「えぇっ!? 僕がですか!?」
「他のポジションに比べたら覚えるのはフォームとカバーの仕方くらいだし、多分野球で一番目立てるポジションだからやってみる価値はあると思わない?」
「でも、いいんですか? 僕なんかでいいんですか!?」
「むしろ君だからいいんだよ、うちのチームの投手は層が薄い。今の段階で投手の方に専念してたら、すごい戦力になると思うんだよね」
「そういう事なら、僕なんかでいいんだったらやらせて欲しいです!」
実は初めて会った時から目を着けていたのだが他の1年坊主もいる手前1人を贔屓するのはよくないことのなのは承知の上で。
あれこれ考えているうちにまた別の面倒ごとに首を突っ込み今の今まで手付かずになっていた。
「普段の朝練始める30分前と、放課後の練習後1時間計1日1時間半程度の練習でどうだ?」
「もちろんです! どんなに短い時間でもやらせてもらえるなら。チャンスを活かしてみせます!!」
「それじゃあ始めようか」
「はい! お願いします!!」
深々と頭を下げる沢村の事を見ながら奥にいた小笠原に親指を立てて見せる。小笠原はそのまま軽く微笑んでグラウンドから出て行った。
※
そして更に日数は経ち日曜日。
曜日と時間以外の情報が送られてこなかったので、対戦相手がどこかなんてのは聞いていなかったのだが会場に着いてみればびっくり。
成多さんと2人、目を疑う目を疑う対戦相手に驚きを隠せなかった。
「おかしいな、俺は対戦相手が決まったって聞いたから同じレベルの相手だと思ってたのに」
「まさか相手が埼玉で1.2を争う春咲徳々高校だとはな」
「徳々の監督、園田(そのだ)って言いましたっけ。表向きの言動の半面あんまりいい話聞かない人なんですけど」
「しかもほぼ一軍メンバーとはな、足元をすくわれるよりはいいって感じなのかもしれないが、異常なまでのやる気だな。ただ、どんな相手でも手を抜かず本気で来るってのは強いチームの証拠だ」
「ていうか、あいつら本当に勝つつもりあるんですかね?」
「そんなもん俺が知るか、負けてもいい方向に転がるってお前を信用してるんだろ」
「信用されてるかどうかは微妙ですけど。おい菜月! 今日は俺はなんもしなくてもいいのか?」
ベンチ上の観客席からベンチ外に出ていた菜月に声をかけたのだが、緊張しているのか菜月の耳には届いていないようだった。
「これじゃあまともな試合は期待できなそうですね、しょうがない行ってくるか」
「俺はここでおとなしく見てるよ」
※
「今日は柄にもなく緊張してるみたいだな」
「あっ祐介」
「見るだけにしようと思ってたんだがな、これじゃあ相手に失礼なレベルの酷い試合になりそうだったんでな」
「うぅ、ごめん昨日まで大丈夫だったんだけど、いざ目の前にしてみると相手が強すぎるから少しだけ、ほんの少しだけ緊張しちゃって」
「北斎はそんなに強くないってか」
「そうじゃないけど、あそこにはお姉ちゃんもいたしエースも居なくて気が楽だったから」
「御託はいい、指揮棒は振ってやる結果がどうなるかはお前次第だ」
「そんなの、言われなくてもわかってるよ!」
チハ高の2回目の実践は格もレベルも全然違う相手。
結果自体に興味はないが、この試合が最後どういう結果になろうと受け止めるのは全て女子野球部の連中次第、俺はこれから先の課題を見つけるそれだけでいい。
そう、思っていた―――。
千羽矢高校スターティングメンバー。
1番レフト本田ゆかり右投げ右打ち、身長175cm。
機動力と守備範囲の広さを採用し切り込み隊長として1番を任した。
2番キャッチャー稚内実右投げ右打ち、身長168cm。
1.2.3.4番で得点を取る打順での1番の要、状況に応じてバントまたは打撃での出塁と多用多種に動けるため2番に。本人は余計な重圧を受けたくないからと下位打線を希望していた。
3番ショート和田野菜月右投げ右打ち、身長170cm。
打てるときは打てるため、3番に置き様子見。チャンスでそれなりの成果を出しているためワンナウト2塁またはノーアウト1.2塁になった場合に、2塁ランナーを1打で還す長打力を持つ為単体での得点力にも期待。
4番センター一ノ宮加奈子右投げ左打ち、身長178cm。
チームで数少ない左打ちで長打力があるためランナーが溜まった状態での長打を期待しての起用、経験の多い選手のため内野安打から犠牲フライまで選んで打てるため、単打で出塁5番以降の打者人をランナーとして揺さぶることもできるため期待大。
5番ピッチャー菅野明右投げ右打ち、身長172cm。(2イニング)
投手交代の時に外野手との交代で入る可能性を考慮して、チャンスでの場面に慣れてもらうために上位打線で起用。
特別言うことはないが、投手面では1番手のため実力以上の期待を掛けてしまっているのは事実。
6番ファースト新井穂香左投げ左打ち、174cm。
今日は茶道部の部活がないため参加、本来なら3番くらいに置いておきたい人材なのだが毎試合毎試合出場できるとも限らないので低めの打順での起用。
高校では野球から離れて生活していたそうだが、中学では軟式野球で4番を務めていたらしく、長打力は一流品。
7番セカンド外崎桜花右投げ右打ち、167cm。
セカンドを守れる守備の上手さと、2年生という身体能力の多少の有利があるためスタメンの下位打線での起用。
経験者には劣るが打撃面でも秀でた才能を見せるためそれなりの期待もあり、スタメンの中では2番目に俊足。
8番サード山崎優希右投げ両打ち、162cm。
実践守備練習でのサードからファーストへの送球速度が未経験者の中ではチームで2番目に早かったためサードで起用、未経験者なのになぜかスイッチヒッターとしての才能があるため、守備打撃の両面で期待。
9番ライト小島桜子左投左打、170cm。
特にいうことなし、起用理由は2年と1年を様子見するために均等に起用しようと思い、そのうえでの起用、そのための9番。
投手2番手西村美奈子右投げ右打ち、165cm。(3イニング)
カーブとシンカーを教え、2球種プラス130キロ台のストレートを武器に投げてもらう予定。
投手に集中してもらっている3人の中で2番目に【期待は】している選手だが、身体能力が劣るため運が実力だと1番わかる投手。
投手3番手真中由美左投げ左打ち。(2イニング)
投手3人の中で潜在能力は1番高く、唯一の左投げの投手。
変化球は菜月が教えたというカーブのみだが、球速は安定して135以上を投げるため、リード次第で実力以上に輝くとは思われるが、未だ制球力に難あり。
4番手は菜月で8回と9回を投げてもらう。
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