第27話 たった一度の勝負


「それで、今日は何しに来たんだ?」


本田と別れた後、目覚めた成多さんがコーヒーを口にしながら問いかける。


「特に来るつもりはなかったんですけど、少し頼みたいことができたのでそのお願いをしに」

「嫌だよ、なんで悠々自適なヒモ生活を送ってるのにトラブルしか持ち込まないお前の頼みなんか聞かなくちゃならん」


そういわれるのは大体わかっていたのだが、話を聞くなり人の事をトラブルメーカー呼ばわりしてくるという予想の斜め上を行く返答をされてしまった。


「野球関連なら引き受けてくれると思ったんですけど」

「お前、俺がアメリカ行って何してたかは知ってるだろ、バスケとバンド、それに料理だぞ?」

「そう思ってるなら本職をまじめにやってくださいよ」

「まじめにやってただろ、ハンクアーロン賞なんかい取ったと思ってんだ」

「料理の方はテレビに出る程でしたもんね、日本人メジャーリーガーで料理番組でた人なんて後にも先にも成多さん1人ですよ。なんでしたっけレジェンドシェフでしたっけ?」


おまけに日本時代はゴルフとかもやってたらしいし、本当に多趣味な人だな。


「今は裁縫にも手を出し始めたぜ」

「息子がプロになるまでは現役でプレイし続けるとか言ってませんでしたっけ」

「歳には勝てないんだよ」

「いまだに現役並じゃないですか、ケガしやすいのは元々ですし」

「しかたねーな。話くらいなら聞いてやるよ」

「そう来なくっちゃ。といっても単純な話で俺が面倒見てる高校の女子野球部があるんですけど、そこのコーチして欲しいんですよね、俺はそろそろ自分の調整しないといけないんで」

「そういう話なら喜んで断らせてもらう」

「あれっ、一瞬の迷いも無く?」

「そうだな、俺が何でどこの球団でもコーチをしてないかわかるか?」

「メジャー時代にFAで2年契約結んでくれたアストロズを1年で「神のお告げが来た」とかいって帰国したのが心証悪すぎて、どこの球団も取ってくれなかったからでしょ」


日本に来た外国人がそういうので帰るのはよく聞く話だけど、その逆はなかなか聞かないもので、そもそも日本からメジャーに行った日本人がそんなに多くないのもあると思うけど。

日本人で聞く話なんて金塊泥棒くらいしかないもので。


「それもあると思うが純粋に指導者として向いてないんだよ俺は。兄貴たちと比べられるのも嫌だしな」

「あれっすね、成多さんて案外小さい男なんですね」

「馬鹿言うな俺は現役時代から心と器がでかいで有名だったんだぞ」

「ノーコメントで。

それで今度練習試合させるつもりなんでよかったらそれを見てからでも遅くないんじゃないですかね」

「それなら練習風景から見せろよ」



「みんなー! ノックいくよー!!」


夕方の練習風景を成多さんと2人見つからないような場所から眺めていた。


「草野球よりはましなレベルだな、今年できたばっかりにしてはよく育てたもんだ」

「それでもまだまだですけどねやっぱり女子っていうのもあって、俺自身は自分自身の限界をよくわかってるんで自分を追い込んだりするのは慣れてるんですど。

他人に合わせてあれこれやるのは未だに慣れてません」

「そりゃそうだろ、俺も野球はそこそこの練習とある程度感覚でやってたからな」

「それもそうなんですけどね、壁にぶち当たったとき親身に接してやれる能力も指導者には必要でしょ?」

「精神年齢の低いお前には酷な話か。これでどこまでやるつもりなんだ?」

「来年の夏には甲子園で優勝できるレベルに」

「また、無謀な事をやろうとしてるのか。兄貴達が口癖のようによく言うんだがな」

「『勇敢と無謀は全く違う』でしたっけ? むかしなんかの野球誌で見ましたよ。でも、無理でも不可能じゃないのは確かです」

「それも言ってたな、0じゃなければ100パーセントの理論だろ。あいつらはどんだけ非難されても最終的には結果を残してたからそういうことが言えるんだよ」

「俺は純粋に見てみたいんですよ可能性を」


遠くを見つめていた視線を隣にいた成多さんに向ける。

今の自分にこの人を突き動かす程の闘志はないだろう、腑抜けた自分自身の事を動かすためにもなにか原動力は必要になるだろう。そのために成田さんの力は少なからず必要になると確信している。


「今は荒削りで下手で不格好かもしれませんけど。必ずこいつらは上に行けます」

「その根拠は?」

「これでも人を見る目には自信があるんですよ、あいつらの半分は俺が集めたいわばダイヤモンドの原石です。ただこれ以上俺が磨くことは難しいんです」

「それでもなぁ、こんなところで油売って女相手に野球教えてたなんてうわさになっちまったら、俺は知り合い連中に笑われちまうよ」

「これは完全に俺のエゴです、これだけ頼んでだめならおとなしく諦めますよ」

「そんなに頼まれた記憶がないんだが」


割と人にお願いするときにしては粘ってるつもりなのだが、成多さんには通じていないようで。


「それに見たいものがあるんです」

「あぁ?」

「俺が同世代のやつに負けるのを俺自身が見たいんですよ」

「あれ、お前ってそんなにマゾやろうだったっけ」

「高校から自分と同じ年の連中と戦って、少し虚しくなったんですよ。どんなに同世代の連中と戦って倒しても、新聞やニュースでは天才だのなんだのって持ち上げられて、面白くないでしょ、他の連中にもドラマはありますし」

「結果がすべてのスポーツだしな、人が点数を取るスポーツ以上に数字っていう明確な結果が先走っちまう競技だ。それにな、お前自分が残しちまった公式記録を知らないわけじゃないだろ?」

「それはわかってますけど、それを過程一つ見ずに『天才』って言葉で片付けられるのが気に入らないんです、それも俺のわがままかもしれませんけど」

「わがままだな、お前が持ち上げられるのが嫌いなのは知ってるが、自分に向けられた評価ならおとなしく受け入れるなり、無視するなり方法はいくらでもあるだろ」


「わがままなんですよ本当に。確かに満足のいく試合ができたのは去年の夏の甲子園以来ないですけど、それはチームの為にって必死に足掻いた結果がそうだったって話ですから」

「まぁ、今じゃその頃の闘志は欠片もないがな、ニコルちゃんも言ってたが理由を聞いて多少納得したよ」

「そんなつもりはないんですけどね、そんなに腑抜けて見えるなら多分そうなんですよね」

「まぁいい、俺もお前が無様に負ける姿ってのを見てみたいからな。多少の協力はしてやるよ」


「それじゃあ、夏の大会が終わってからよろしくお願いします」

「そんなに悠長にしていていいのか?」

「まずは練習試合をさせてからですね、前回の試合じゃレベルに差がありすぎて課題しか見えてきませんでしたから、今はあいつらの長所を見るために実力の近い所とやらせないと」

「それがいいな、だが相手の検討はついてるのか? 埼玉の地区は普通に強豪揃いで最近できたばっかりのと実力が近いところなんてそうそう見つからないぞ」

「そうなんですよね、できれば近場でうちのグラウンド来てくれるとこの方が今日みたいに遠くから見守るにも都合いいですし」

「なら、川北高校はどうだ? 毎年1回戦負けで今年の1年で期待の新人が入ってきたとこらしいぞ」


「どこ情報ですかそれ」

「現役時代の知り合いで今はスカウトをやってるのが居るんだ」

「なるほどそれなら考えてもいいかも、近いうちに申し込みに行ってみます」

「あぁ」

「これからよろしくお願いします」

「とんだ貧乏くじだぜ」



2日後、成多さんの言っていた川北高校へと足を運んでいた。

活気のあるグラウンドの方へ足を進め、中へと入って行く。


「すいません先日お電話させていただいた千羽矢高校の者なんですが」

「お話は聞いてます。こちらへどうぞ今監督を呼んできますので」

「あぁ、お願いします」


俺に気が付き対応してくれたのはユニフォーム姿のロングヘアの女の子だった、一瞬マネージャーかと思ったが、普通マネージャーはユニフォームなんて着ないよな。

あれも川北の選手なのか。

女性選手の公式戦出場が認められてから数年たった今でも、うちの高校(北斎の方)みたいに男に混じって女性が試合に出ているのは見たことがなく、ああしてチハ高と北斎以外でJKがユニフォームを着ているのを見るのは初めてだった。


「ほへー、結構かわいい子。うちの連中(チハ高プラス和田野姉)とは大違いで花があるなぁ」

「そうでしょう、校内でも1.2を争うほどのべっぴんですからな」


声を掛けられ驚きながら後ろへ振り向くと、小柄な老人が腰に手を当てながら立っていた。


「初めまして川北高校野球部の監督をさせていただいております、川柳と申します」

「丁寧にどうも、千羽矢高校の監督、、、ではないか。指導させてもらっている―」

「辻本祐介さんですな?」

「バレてましたか」


頭をポリポリと掻きながらとぼけることもなく自白してしまう、別に隠してるわけでもないけど。ばれても困るようなことないし。


「練習試合のお話でしたなその、千羽矢高校の」

「はい、できれば早めにお願いしたいんです、今年新設したばかりの野球部ですから大会前に少しでも多く経験を積ませておきたくてですね」

「うちを選んだ理由は何か?」

「千羽矢高校の選手は1年生が多いんですけど同じ年の子に腕のいい選手がいるって聞いたので。それに失礼な話ですけど、少しでも実力の近いチームと戦わせたいので」


ここは下手に嘘をついてこびへつらうより、自分の思ってることを本音で行った方が相手のタイプ的にも上手く行きそうな気がする。


「確かに県内の高校は強豪揃いですからな」

「こちらの好材料になりそうな条件の高校で、その上県内で警戒しないといけない相手と練習試合ができるなんてこちらとしてはいい事ずくめなので、申し込ませていただきたいと思ったわけです」


埼玉県内の高校は一昨年の甲子園優勝校春咲徳々高校。現時点で実力は春咲の2番手とされている浦和高校など、強豪揃いの地区で東京ほどではないにしても毎年夏の大会は激闘が繰り広げられている。


「我々川北側が、千羽矢さんと練習試合をすることに対するメリットはなんですかな」

「あーそこまではあんまり考えてませんでした、今思いついたのを適当に言うなら。大会で初参加の高校と当たった時に無駄な警戒をしなくてよくなるってことくらいですかね、条件があるなら言ってくれれば飲める範囲で飲みますよ」

「なら、私と1つ勝負をいたしませんか?」


俺の適当言った言葉に考え込んでいた川柳監督をよそに、先ほど対応してくれたかわいい女性選手が話を切り出してきた。


「早苗聞いていたのか」

「はい。辻本さん私と1打席勝負をしていただけませんか?」

「俺と? 別にいいけど、それこそ君になんのメリットもないんじゃ」

「私、自分の力が高校野球でどの程度通用するのか知っておきたいんです」

「あー、もしかして成多さんの言ってた期待の新人って君?」

「その成多という方の事はわかりませんが、私は1年の早苗瑠香(さなえるか)といいます」


それで練習試合を受けてくれるというならこっちとしては願ったり叶ったりなのだが、それでいいのかと無言で目線を向けてみる。


「私はかまいませんぞ、早苗はうちで1番の投手ですからね」

「あれ、俺も投手なんですけど」

「申し訳ありませんが1打席だけお願いできますかな、練習試合の方はそれと交換条件でいいですぞ」

「人の話聞いてほしい」



春の選抜以来実践に近い状況での打撃は久しぶりなのだが、ケガはそれなりに治っているし、ノックで多少ボールは打ってたし問題はないだろう。

普段使っているバットを持ってきているわけもなく、できるだけ重いバットを借りたのだが、それでも軽すぎる。


軽く深呼吸をして慣れないグラウンドの右打席へと立った。


「よろしくお願いします」


マスクをかぶり座る捕手に挨拶をされ、返す言葉がなぜか出てこず軽く頭を下げる。

外野で守備練習をしていた他の部員たちも手を止め、川北の野球部員たちの視線はマウンドの方へと向いていた。


練習のときも試合の時も注目されるのには慣れていたつもりだったのだが、アウェーだとまた緊張をしてしまうもので。


球審は川柳監督が立ち、普通に部活してる時にはないようないような光景がグラウンドに広がっていた。


「始めてもいいですかな?」

「いつでもどうぞ」


始めて対戦する相手に心躍ろさせながら気持ちを落ち着けるために軽く胸を撫でる。

たった1打席、相手の心理を読むような戦い方は俺には向いていないが、相手の持ち球も球速もおまけに制球力もわからないが。

ただ、2球までなら見られるわけで。そこで球を読んで最後は自分ならどう投げるかを考えてやれば打てるはず。


「プレイ!!」


1球目、しなやかな足を大きく上げるどこかで見たことがあるようなフォームだな。


「ストライク」


見逃した球はインローギリギリ140前後のフォーシームが決まった。


今のがベストピッチの球かどうかはともかくとして、今のをベースに考えてボールの回転を見れば変化球も打てないことはないはず。


そして見極めるのに重要な2球目、真ん中へ吉良ボールにバットを振ると外に変化する切れ味のいいボールを空振りしてツーストライク。

真ん中からゾーンギリギリまで曲がった球に若干見惚れながら、考えを再び整理する。


1打席のみの勝負、俺なら3球で勝負をつける。制球力に難はなさそうで今の変化球が決め球ならもう1球投げて仕留めてくる可能性もあるが、その反面もう1球見せるリスクを避ける可能性もある。


「持ち球がわからないことがこんなにも厄介だとは」


普段は事前の情報を頭に入れてるし、そうじゃなくても試合なら一巡もする間に相手の持ち球は全部出てくるわけで。


3球目。1球目と同じくインローに来たボールに姿勢を目一杯低くしストレートでもスライダーでもバットに捉えられる打ち方でバットを振った。

確実に捉えた―――と思ったはずのボールはバットに当たることはなくミットに吸い込まれていた。


「カットボール、しかもギリギリストライクゾーンから外れている」


ミットに入ったボールの位置を確認するとストライクゾーンよりは少し低めの位置にボールが入っていた。


「勝負ありですな」

「ですね、手も足も出ませんでした」


ケガが完治していたらなんて負け惜しみは野暮だからやめておこう。


「でも、練習試合の話やっぱり無しにしていただいてもいいですかね」

「別に構いませんが、なぜでしょう」

「どうせうちの連中の踏み台にするなら、練習試合なんて小さなところでやるより。公式戦で戦う方がチーム的にもあなたたちの未来のある彼女のためにもいいかと思いまして」

「そうですか、なにか今の打席で何か心境の変化がありましたかな?」

「えぇ、おかげさまで。甲子園や地区大会で当たる事があったらまた勝負しましょう」


そう言い残し俺はその場を後にした、今の1打席で進むべき道がわかったような気がする。


「早苗、お前が戦った辻本さんと甲子園で戦っていた辻本さんは別人のようだね」

「そうですね、いつか本気の彼と戦う日が来たら手も足も出ないでしょうね」

「どうでしょう、彼とお前には1年の差があるわけだから」

「関係ないと思いますよ」


その日、その1打席で俺が何を思いどう行動したかはあまり覚えていない。

だが、気が付いたときには俺は函館へと向かう飛行機に乗っていた。

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